Kimitaka/小川室長

ゲームとか翻訳する人(Coffee Talk、Sea of Stars、A Space…

Kimitaka/小川室長

ゲームとか翻訳する人(Coffee Talk、Sea of Stars、A Space for the Unboundなど)。だいたいやる。🇺🇸to🇯🇵 game/media/legal translator. 実績/Portfolio👉lit.link/transneko

マガジン

  • 掌エッセイ

    心に水を。日々のあれこれを随筆や掌編に。ほどよく更新。

  • ゲームとか翻訳話

    ゲームとかの翻訳やフリーランス生活について。

  • 猫暮らし記

    猫ズとの暮らしを綴り、綴られ。にゃおん。

最近の記事

  • 固定された記事

【編集後記】2021年を振り返って

新年あけましておめでとうございます! “コトバと戯れる読みものウェブ”ことBadCats Weeklyの編集長のとら猫です。ふだんはゲームやら何やらを翻訳しております。種別はヒト亜族です。 しかし、2021年は早かった。脱兎のごとく駆け抜けていきました。使い方が微妙に違うような気もしますが、まあいいでしょう。 歳を取ると時間の流れが速くなるというのは、本当ですね。実はジャネーの法則として心理学的にも解析されています(関連記事はこちら)。余生がどのくらい残されているのか知

    • インディスピリッツが沸るゲームたち

      普段いわゆる「インディゲーム」と呼ばれるゲームを翻訳することが多いせいか、時に「インディゲームのインディ性」って何だろうとぼんやり考えたりする。そういえば過日も某世界的なゲームアワード(今年のプレゼンターはティモシー・シャラメ!)において、大手デベロッパの資本が投入されたタイトルが「ベスト・インディゲーム」部門にノミネートされ、世界中でちょっとした物議を醸していた。 「インディゲーム」というジャンルの定義に関する詳しい議論はネットの海をざんぶり泳げばすぐ見つかるので、ここで

      • 【掌編】遅れてきたバス

        「くそっ、十分前かよ!」と、私は毒づいた。 バスの話だ。ほんの十分の差で、最終バスに間に合わなかった。 そこは陸の孤島めいた高台の住宅街で、時刻を考えると、タクシーは簡単には捕まりそうもない。だめもとで愛用の配車アプリを開くと、到着まで三十分という表示が出た。 三十分もここで無為に待つくらいなら、駅まで歩くか。コロナ禍で運動不足が極まっているし、ちょうどいい機会だ。 そう腹を決めて駅の方向へ踵を返したとき、煌々と輝くひと組のライトが背後から近づいてきた。やがてそれがバ

        • 【エッセイ】ゲームのキャラにも人生はあって 〜『コーヒートーク』“わんばんこ”の舞台裏〜

          そのとき私は、フレイヤというキャラクターの人生に思いを巡らせていた。 彼女は地元紙にコラムや掌編を寄せながら、憧れの作家デビューへ向けて頑張っている、『コーヒートーク』というゲームの中の緑髪のジャーナリストだ。古典的なSF映画やポストパンク期の名曲を引用したり、自分のSNSアカウントで小説家の“ハルカミ・マルキ”を神と呼んでいたりするので、きっと文化的な造詣も深い。ちょっとオタク気質で、音楽も今風のものより、一昔前のものを好みそう。キュアーとかカーディガンズとか少年ナイフと

        • 固定された記事

        【編集後記】2021年を振り返って

        マガジン

        • 掌エッセイ
          Kimitaka/小川室長
        • ゲームとか翻訳話
          Kimitaka/小川室長
        • 猫暮らし記
          Kimitaka/小川室長
        • 編集長のつぶやき
          Kimitaka/小川室長

        記事

          【掌編】最後の宅配

          ピンポーン。呼び鈴が鳴った。 もう一回。さらにもう一回。 書斎でパソコンに向き合っていた私は、くそ、と毒づいた。せっかく筆が乗ってきたとこなのに。こっちは締切に追われてんだよ。 ピンポーン。 締切のことなど意に介さず、無情にも四度目の呼び鈴が鳴る。私は特盛りのため息を漏らして重い腰をあげ、書斎から廊下へと出た。 そして五回目のピンポンが鳴り響く頃、インターホンの前へと滑り込んで「通話」ボタンを押した。モニタがパッと明るくなり、一人の男が映し出される。服装からして宅配業者

          【掌編】最後の宅配

          【掌編】スマホの顔認証

          なんだよ、とおれは軽く気色ばんだ。 反応しないのだ。スマホの生体認証が。おれの顔が。だからログインできない。困るなあ、スマホくん。今からツイッタを開いて、仕事のあとの優雅なリラックスタイムを過ごそうとしていたんですけど。 そこでハッと思い至る──メガネか。 そう、おれはメガネを掛けていた。最近の生体認証システムは、なんならマスクだって意に介さず、登録された顔を正しく認識してみせるそうだ。だったら今回はたまたま何かが噛み合わず、仕組みが機能しなかったのだろう。人間でもある

          【掌編】スマホの顔認証

          【掌編】チャンス君

          数年ぶりに会ったチャンス君は、ひどく面変わりしていて、以前のあの、こちらのどんより曇った心を優しい光で塗り替えていくような、人懐こくて尊い笑顔はすっかり消え落ちていた。 それは抜け殻だった。内外からのあらゆる感情に疲れ果て、すべてを諦めた人の顔だった。絶望と虚無に塗りたくられた顔だった。 「チャンス君、どうしたんだい?」 変わり果てたチャンス君に、私はたまらず声をかけた。数年前、モラトリアム末期の漠然とした不安と、正当化と、貧乏の泥沼で溺れかけていた私は、今夜とまったく

          【掌編】チャンス君

          【掌編】気がまわるやつ

          田中(仮名)は昔から、よく気がまわるやつだった。 「一度きりの人生っていうだろ」 突然呼び出された先のファミレスで、私がくすんだオレンジ色のビニール張りのボックス席の向かいに座ると、田中はそれでスイッチが入ったように勝手にしゃべり始めた。 「あれ、嘘だわ」 田中はそう言うと、学生の頃から使っているブルーのリュックに手を突っ込み、何かをつかんでテーブルの上にどんと置いた。 「こちら、こけ橋さん」 全長50センチほどの古ぼけたこけしを指さして、田中が言う。 あまりに

          【掌編】気がまわるやつ

          【エッセイ】あちらのお客さまから

          一度でいい。“あちらのお客さまから”をしてみたい。映画で見るようなあれを。 そこは繁華街の喧騒がかろうじて聞こえる、裏通りに溶け込むように佇むバー。狭く薄暗い店内には横長のカウンターとスツール、いくつかのテーブル席が設えてあり、耳を優しく撫でるような音量でジャズが流れている。 さまざまな銘柄のハードリカーが壁際の棚を美しく彩り、カウンター内でシェイカーを振っているマスターが、不安げに入ってきた私を見て、心得顔で軽く会釈をする。言葉は一切交わさない。必要がないから。 それ

          【エッセイ】あちらのお客さまから

          【エッセイ】エレベーターの乗りどき

          繁華街によくある、八階建てくらいの飲食ビルのエレベーターがどうも苦手だ。 そういった場所で飲み会があるとき、私はすぐにはエレベーターに向かわない。まずは柱の陰などから遠巻きに、大抵そうしたビルのやや奥まったところにあるエレベーターの周辺状況を、探偵になったつもりで偵察する。 そこに面識はあるけれど、あまり話したことがない、微妙な距離感の知り合いがいないか確かめるためだ。 そういった間柄の知り合いを視認した場合、私は慌てず騒がず、柱の陰に隠れながら、次のエレベーターを待つ

          【エッセイ】エレベーターの乗りどき

          【エッセイ】焼香の手順

          作法というものに基本うとい。 元々世の中の不文律を察する能力に欠けてはいたが、特にフリーランスになってからは、なけなしの社交性を発揮する場もほぼ失われ、たまに社会との接触を求められると、何かをやらかす確率が格段に上がった。 先日も、生前大変お世話になった方の通夜に、白いネクタイ姿で乗り込むところだった。 確かにエレベーターの中で鏡を見ながら、自分の仕上がり具合を最終チェックしているときも、「なんかこれ違くね?」と違和感を拭えずにいたのだが、五十路を前にして腐りかけている

          【エッセイ】焼香の手順

          【猫暮らし記】またな、コロ沢

          コロ沢が逝ってしまった。 ニンゲンの仕事がようやくひと段落つき、全国の熱烈なコロ沢(通称“コロちゃん”)ファンへ向けてノートでも書こうかと、あれこれネタを準備している矢先、あっという間に死んでしまった。 私がコンビニへ行っている間に。15分前まではしっかり息をしていたひとつの命が、15分後にはもうこの世界から消えていた。 コンビニから帰宅してホスピス(私の書斎)へ戻り、その事実に気づいたとき、コロ沢の周りに置かれたいくつかのものたち──腎臓ケア用の点滴セット、猫トイレ、

          【猫暮らし記】またな、コロ沢

          【エッセイ】マローヌ

          マローヌって何だね。 おれは今、ひとつのメモの前で途方に暮れていた。マローヌ。わからない。それはさっき終わったオンラインミーティング中に取っていたメモで、大きく「やること」と記された文字列の下に「マローヌ」と書いてある。 いや、実際にマローヌと書いてあるのかはわからない。ただ、ミミズがのたくったような筆跡の混沌に目を凝らし、脳内データと照らして解析すると、ぎりぎり「マローヌ」と読めるというだけであって。 マローヌ。マローヌ。マローヌ。 口の中で三度転がしてみる。舌触り

          【エッセイ】マローヌ

          【エッセイ】猫トイレ一本勝負

          首を気持ち長めにして待っていたおれは、いざそれが届くともういてもたってもいられず、やりかけのタスクを放擲してハサミを手に取り、巨大なアマゾーンの箱を野蛮人になったつもりで切り開いた。 きた。きたきたきた。白いかまくら風のいでたちの、新しい猫トイレが。 さっそくそいつを箱から取り出し、ピクトグラムのような絵だけの説明書を見ながら組み立てる。そして一連の淀みない動きでもって、新しい猫トイレの中に猫砂を敷き詰めた。 これで準備は整った。あとは待つだけ。神に祈るだけだ。 猫グ

          【エッセイ】猫トイレ一本勝負

          【猫暮らし記】ホスピスに戻ってきたコロ沢と、コロ沢月間の話

          コロさん改めコロ沢が、リビングからホスピス(おれの書斎)に戻ってきた。 もっとも体調が急激に悪化したとか、そういった理由からではない。確かに腎臓なんかの数値はあまり芳しくないけれど、コロ沢当人はごはんもバクバク食うし、人間の腰ほどの高さのテーブルにも余裕で飛び乗ってみせる。 十七歳という年齢を考えたら、十分すぎるくらい元気なほうだろう。 それでもホスピス(重ね重ね、おれの書斎)に戻ってきたのは、ざっくり言うと、リビングの先住猫たちとの折り合いが悪くなってきたからだ。

          【猫暮らし記】ホスピスに戻ってきたコロ沢と、コロ沢月間の話

          【エッセイ】鴨のいる風景

          昼飯を買いにコンビニへ向かってとぼとぼ歩いていると、近所を流れる小さな川の土手の上に人だかりができていた。 私も思わず野次馬スイッチを押され、吸い寄せられるように人ごみに加わって、眼下を流れる川に目を向ける。 カルガモの親子がいた。つがいが二羽と、その子どもたちが六羽。優雅にすいすいと水面を進んでいく親鳥に遅れてはなるまいと、風呂に浮かべる黄色いオモチャみたいな子ガモたちが懸命に泳いでいた。 「かわいー」「萌える」「カモやばい」など、幅広い年齢層の見物人たちがそれぞれの

          【エッセイ】鴨のいる風景