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【掌編】気がまわるやつ

田中(仮名)は昔から、よく気がまわるやつだった。

「一度きりの人生っていうだろ」

突然呼び出された先のファミレスで、私がくすんだオレンジ色のビニール張りのボックス席の向かいに座ると、田中はそれでスイッチが入ったように勝手にしゃべり始めた。

「あれ、嘘だわ」

田中はそう言うと、学生の頃から使っているブルーのリュックに手を突っ込み、何かをつかんでテーブルの上にどんと置いた。

「こちら、こけ橋さん」

全長50センチほどの古ぼけたこけしを指さして、田中が言う。

あまりに斜め上からの展開に、私が目を丸くして返答に窮していると、田中がこちらの戸惑いを察したかのように、あ、と心得顔になって助け舟を出してくる。

「だよな、いきなりそんなこと言われてもイミフだよな。なんていうかさ、今朝起きたら、生きることのすべてがバカらしくなって、おれもう死のうって思ったわけ。そしたら本棚に飾ってあった、母ちゃんが持ってきたこのこけしが、私はこけ橋だって話しかけてきたのよ」

私は理解が追いつかず呆然としていた。

「要はま、転生ってやつ? 本当にあるんだわ、あれ」

言葉が出てこない私のことなどお構いなく、田中は先を続ける。

「そしたらさ、今度は周りのものがみんなしゃべりだしたの。洗濯ばさみは昔佐藤さんだったっていうし、歯ブラシは前世では北海道にいて、その前はアメリカにいたって。リンカーンにも会ったらしい。だからそう、そいつは三度目の人生を生きてるわけだ」

ふむ。徐々に状況が飲み込めてきたぞ。細かい経緯は不明だが、どうやら田中は激しい希死念慮に駆られ、ちょっと壊れてしまったのかもしれない。だとするとまずい。アプローチがむずい。ここはどう動くのが正着か…

そんな私の不安を見透かしたように、田中が言う。

「あ、今おれがおかしくなったって思ったろ? ま、そうだよな。いきなりこんな話されて、まともに取り合えるやつのほうがレアだよな。けど、おれは至って真面目だぜ」

そう言って、田中は冷え切ったフライドポテトを一本つまんで口へと運ぶ。

「んでこけ橋さんと長々話して、思ったわけ。なんだ、結局死ねないんだって。クソみたいな人生がひとつ終わっても、次のクソみたいな人生が──こけしだの、洗濯ばさみだのとして生きる人生が待ってるだけなんだって。そう考えたら、なんだか死ぬのがアホらしくなってさ」

正直リアクションに困ったが、とりあえず田中は死ぬことをやめたようだ。ならよかった。ほっと胸を撫で下ろす。

「だからま、そういうことで」

田中は自分の食べたぶんの代金をテーブルに置き、ボックス席から立ち上がると、

「んじゃ、あとはこけ橋さんとよろ」

と言い残して、ぶっきらぼうに去っていった。

テーブルの上では薄汚れたこけしが、微妙に笑っているような細い目をこちらへ向けていた。

私も死ぬのがアホらしくなっていた。

田中は昔から本当に、よく気がまわるやつだったのだ。

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