【掌編】最後の宅配
ピンポーン。呼び鈴が鳴った。
もう一回。さらにもう一回。
書斎でパソコンに向き合っていた私は、くそ、と毒づいた。せっかく筆が乗ってきたとこなのに。こっちは締切に追われてんだよ。
ピンポーン。
締切のことなど意に介さず、無情にも四度目の呼び鈴が鳴る。私は特盛りのため息を漏らして重い腰をあげ、書斎から廊下へと出た。
そして五回目のピンポンが鳴り響く頃、インターホンの前へと滑り込んで「通話」ボタンを押した。モニタがパッと明るくなり、一人の男が映し出される。服装からして宅配業者のようだ。
「あ、マジでいた」
「は?」と、私は反射的に声を漏らした。
「小包おもちしましたー」と、男がやる気のあるようなないような声で応じる。
私は一刻も早く作業に戻りたい一心で、苛立ちぎみに「解錠」ボタンを連打した。マンションのロビーの自動ドアが滑らかに開く。男は開いたドアが閉まってしまわぬよう、慣れた手つきで、持参の台車を自動ドアのレールの上まで押した。
そこで私は違和感に気づいた。
その台車に──何も載っていないのだ。小包が。かといって、男が小脇や両手に荷物を抱えている様子もない。手ぶらである。
「ちなみにあの、どんな小包です?」と、私は思わずインターホン越しに確かめた。
「こんなっす」と、男が言う。
私は意味がわからず、「いや、何も持ってないでしょ」と答えた。
すると男がインターホンのモニタのほうへ、くるりと背を向けた。そこにはピンク色の送り状が貼ってあった。
「おれがその小包」と、男は半笑いで言った。
「え、それってどういうことかよく…」私が戸惑いぎみにそう言うと、男はくっくっくっと不吉な笑いを漏らし、その顔をインターホンのカメラにずいと突きつけた。
「五回だ」
「は?」
「五回鳴らせって、あんたが言ったんだ。だからそうしてやった」
「いや、何のことかよくわかんないし。小包ないなら帰ってくれます?」と私が答え、モニタを切ろうとしたその時──
「チクったろ」と、男が急に声を凄ませて言った。
「毎回ピンポンを三回鳴らすだけで、すぐに帰っちまう社員がいるって、会社にチクったろ。ピンポンを少なくとも五回は押してくれないと、荷物を受け取れないんですよねーってよ」
男はそれから一拍置き、ぼそりと言う。
「それでクビになった」
私はハッと思い出した。確かに以前、毎回ピンポンをしっかり鳴らさずに、楽をしてロビーの宅配ボックスに入れていく宅配員の方がいるので、然るべく指導してほしいと、宅配会社にクレームを入れたことがあった。
あの宅配員なのか?
それがこの男か?
クビになったって?
「だから言われたとおり、押してやったよ。ピンポンを五回さ」
ロビーの自動ドアが滑らかに閉まる。が、台車に当たってまた開いた。男はその隙に館内へと入り込み、モニタの外へと姿を消した。
「んじゃま、ご署名いただきに伺いますわ」と言い残して。
****
“コトバと戯れる読みものウェブ”ことBadCats Weekly、本日のピックアップ記事はこちら!
武道家ライターのハシマトシヒロさんが、新海誠の新作『すずめの戸締まり』について複雑な思いを綴ります!
寄稿ライターさんの他のお仕事も。エッセイスト&ライターの碧月はるさんが、稲垣吾郎主演の『窓辺にて』について語ります!
最後に編集長の翻訳ジョブを。チーム翻訳でお手伝いした、斬新なインタラクティブシネマ『イモータリティ』がNetflix Gamesでも配信開始されました!
メンバーの方なら無料で遊べます!刺激に飢えている方はぜひ!
これもう猫めっちゃ喜びます!