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【エッセイ】弁当屋にいた頃
大学を卒業してすぐ、弁当屋に勤めた。
面接は五分で終わった。その場で「いつからこれる?」とバイトのような乗りで初出勤日が決まった。それが自分の就職活動のすべてだ。
そこは千葉の片隅にある仕出し弁当の工場で、私は配達ドライバーとして雇われた。住み込みだった。特徴のない住宅街にある社員寮はごく普通の一軒家を買い上げたもので、そこに自分も含めて四人の若い男が暮らしていた。
当然、誰も家事などしない。
庭の雑草は伸び放題でジャングルのようになり、家の中には誰が飼っているわけでもない犬のし尿のにおいが舞っていた。風呂にはナメクジが這っていた。台所でゴキブリを見ない日はなかった。
けど、すぐに慣れた。住めば都とはよく言ったものである。
寮の仲間たちは元暴走族の異様に痩せた兄ちゃんと、売れないバンドマンのマッチョと、エロビデオ収集に命をかける太っちょというバラエティに富んだ構成だった。だからだろう、社内でも数少ない大卒である私は出勤早々、有無を言わさず幹部候補にされた。
弁当屋の朝は早い。
四時半に起床して五時に工場へ向かい(映画『OUT』の舞台そのままだ)、夜中にパートのおばちゃんと外国人労働者たちが作った、青い発泡スチロールケースに入った弁当をハイエースに積み込んでいく。ここで大切なのは配達ルートを考えた効率であり、テトリスみたいに無駄なく積んでいかないといけない。けっこう頭を使う。
弁当屋の日々は悪くなかった。給料は安かったけど、なにしろ弁当屋なので食うには困らない。寮も格安で、田舎で遊ぶところもないので、金はそこそこ貯まった。暇な夜にはハイエースで仲間たちと走り回ったが、仔細はどん引きされそうなので割愛する。とにかく楽しかったのは確かだ。
けど、弁当屋に勤めて半年後、とある友人に北海道を一周しないかと誘われ、あっさりやめた。なにしろ幹部候補生だったので、めちゃくちゃ引き留められたが、「おかげさまでお金が貯まったので目標だったアメリカへ留学します」と適当なことを言って納得してもらった。
最後には盛大な見送り会も開かれた。同僚のバンドマンが「いつか俺もアメリカで勝負したいよ」と酔いに任せて言ってきた。エロビデオ集めが趣味の先輩からは、自慢のエロビデオの餞別を勧められたが、丁重に断った。
北海道は空が広くて青かった。
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