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【エッセイ】トイレと祈り
信仰心というものはあまり持ち合わせていない私だが、それでもよく祈りを捧げる場所がある。
トイレだ。
トイレに入るたび祈る。今宅配の人が来ませんように。今地震が来ませんように。今隕石が落ちませんように。今呪怨されませんように。
それにしても本当に不可解なのは、なぜトイレに入っている時に限ってよく、配達物が届くのかということで、正確に統計を取ったわけではないけれど、私の場合、トイレ内で呼び鈴を聞くケースが一日おきくらいに出来する。
そもそも引きこもりで、生活品の大半を宅配に頼っているから、ピンポンされる頻度が人より高いのかもしれない。加えてトイレが近いこともあって、そう考えるとこれは偶然と必然が半々くらいの割合で生じている現象のようにも思える。
上述のように宅配に頼りきりの我が家では、その時に受け取らないと困るものがけっこう多い。猫のカリカリしかり、猫トイレの砂しかり、猫の腎臓の薬しかり。
猫ばかりだな。
とにかくまあ、イントイレ中にピンポンが鳴ったら慌てて諸々を中断して、時には変身途中の変態みたいな中途半端な情けない姿で、ようやっとインターフォンにたどり着き、何度目かのピンポンに応えようとしたその刹那。
ぷつ。という冷淡な電子音と共に、無情にもピンポンが途絶えてしまった。
そこで思い出す。
確かインターフォンでは、ロビーの来客と通話ができるのではなかったか。そのはずだ。刑事ドラマでそういうシーンを何度も見た。そこでそれっぽいピクトグラムのついたボタンを押しながら、スピーカーに向かって「います!うちいます!」と叫んでみる。
が、反応は返ってこない。つか一度もうまくいった試しがない。それでも毎回そうしてしまうのは、ロビーにまだいるはずの宅配の方とのコンタクトに失敗するたび、「インターフォンの取説を読もう」と反省するのだが、結局一度も読んだことがないからであって、それとそう。
かすかな希望にすがりたいんだ。おれは。希望が心を前へと進ませるから。そうだろう?
同時に、宅配の方への申し訳ない気持ちも込み上げてくる。自分も宅配ドライバーをやっていた時期が長いので、荷物の持ち戻りがいかに時間と労力の無駄であるかはよく知っている。
だからおれは叫ぶ。ロビーのお前に向けて。それっぽいボタンを押しながら。ずぶ濡れの尾崎のように。
おれはいたんだよ、そこに。インターフォンの前に。決して君を無視したわけじゃない。おれも頑張った。けどだめだった。間に合わなかった。わかってくれ。許してくれ。
そして今日もまた、僕はトイレに引き下がる。
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