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小説「水際の日常。」

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人の多すぎる都会は怖い、でも寂しくならない程度に人の気配があって、海に面した土地がいい…。 なんのゆかりもない過疎の港町に引っ越してきたアラフォー子なしバツイチのあたし。人口を1…
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#小説

小説「水際の日常。」の紙本、もうすぐ完成。

小説「水際の日常。」の紙本、もうすぐ完成。

noteで連載していた小説「水際の日常。」を加筆修正したものが、もうすぐ紙本として完成します。
本体より先に、カバーと帯が納品されました。
これから、カッターで曲がらないように上手に切らなければ……。

フェミニズム、通用せずの現場から。【「水際の日常。」あらすじ】
人の多すぎる都会は怖い、でも寂しくならない程度に人の気配があって、海に面した土地がいい…。
なんのゆかりもない過疎の港町に引っ越して

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小説| 水際の日常。#19【最終話】 - 子と海女芸者もどきはぐるぐる回り。

小説| 水際の日常。#19【最終話】 - 子と海女芸者もどきはぐるぐる回り。

■ 酩酊、ナイトアンドデイ

 お迎えの保護者の足が途切れた。

 あたしはピアノの下の小さい子供たちを両腕に抱えてぐるぐる回る遊びを始めた。きゃっきゃきゃっきゃ。子供が笑う。腰にずっしりとのしかかる重みに耐えながら、あたしは子供たちに笑顔を振りまく。子供たちは何度ぐるぐる回してあげても、「もっと、もっと」と言ってまとわりついてくる。自分の中のどこにこんな余力があるんだろうと驚きながら、あたしは力

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小説| 水際の日常。#18 - 夜踊る小さな生き物たちの傍らで。

小説| 水際の日常。#18 - 夜踊る小さな生き物たちの傍らで。

■苦手な歳下の上司

 歌の聴こえる方角から、歩道に向かって光が斜めに伸びている。葉っぱのすっかり落ちた桜並木が、縞模様の影絵になってあたしの表面をなぞっていく。
 急なシフト変更で、こんな時間から遅番に入るのは初めてだ。そして、珍しく二日酔いで頭が痛い。時間までまだ少しあるから、冷たい風に当たると気分が良くなるかもと、道を外れて海の見える土手に登ろうと思ったが、元気いっぱいな歌声がめいっぱいのボ

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小説| 水際の日常。#17 - 移住先に元夫が遊びに来た。

小説| 水際の日常。#17 - 移住先に元夫が遊びに来た。

■思いがけない来客

 久しぶりに昼も夜も仕事の予定が入っていない、完全オフの日曜日。愛車にショートボードを積んで、智之があたしのアパートにアポなしでやって来た。
 相変わらずの、こちらの都合無視の、智之らしい気まぐれな訪問に一瞬頭の中が沸騰しそうになったが、同時にうれしさも隠し切れなかった。本人に悪気はないのだろうし、離婚が成立してある程度時間が経ち、気持ちの整理もついている今となっては、陸の反

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小説| 水際の日常。#16 - 添え物稼業のあたしたち。

小説| 水際の日常。#16 - 添え物稼業のあたしたち。

■年と年度の変わり目はいちばんの稼ぎ時

 日がすっかり短くなり、年末が近づいてきて、忘年会のお座敷の仕事がいっきに増えてきた。アフターがなくても、一日に二本のお座敷をはしごする日は帰りが深夜をまわる。日中、へとへとになるまで子供たちの相手をしているあたしにとっては、週に数本程度のお座敷をこなすだけでも体力的にかなり堪える。

 仕事を選り好みできる立場ではないのだが、その日派遣されるお座敷が、地

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小説| 水際の日常。#15 - 人の子に乳をやる難しいお仕事です。

小説| 水際の日常。#15 - 人の子に乳をやる難しいお仕事です。

■少子化といっても、いるところにはいるものだ

 無認可保育所「ひかり園」は朝の七時に門が開く。今日は早番のあたしが二重鍵のついた重い鉄門を開けた。

 九時を過ぎると、つくし組さんおよそ二十名が勢ぞろいする。乳児三名に対し一名以上の保育士がつくため、つくし組の狭いフロアーは子供と大人でごったがえす。全員が正規の保育士ではなく、パートで手伝いに来ているママ保育士たちや、保育ボランティア、時には学校

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小説| 水際の日常。#14 - フェミニズム通用せずの現場から。

小説| 水際の日常。#14 - フェミニズム通用せずの現場から。

■同意と不同意のあいだに

 帰りの車内で空がすすり泣いていた。
 これにはあたしも罪悪感が湧いた。
 想像以上に癖の悪い男だった。更磨町の印刷会社の社長だという藤田は、はじめから空に狙いをつけていたようだ。

 アフターで連れて行かれたスナックは、心霊スポットで有名な岸壁のそばにあった。
 オールドアメリカンな佇まいの廃ペンションの、道路に面したひと部屋を改装し営業しているのだが、スナックとして

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小説| 水際の日常。#13 - しれっと飛ぶ気満々な女。

小説| 水際の日常。#13 - しれっと飛ぶ気満々な女。

■バレてないと思ってるのかな

「そういえば、モッチィも見てたよね?ユウの怪しい動き」
「見た見た、やってたね」あたしは笑った。
 お座敷で、ユウが一人のお兄さんにべったりくっついて親しげにラインのアカウント交換をしていた。ユウははじめから裏引き目当てで「みね岸」に入ってきたのだ。狙いをつけたお兄さんと個人的に繋がり、外で会って直に仕事をすれば、置屋に入るマージンなしの全額を自分のものにできる。ユ

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小説| 水際の日常。#12 - 夜の大人の保育園、ぼったくりと言われても。

小説| 水際の日常。#12 - 夜の大人の保育園、ぼったくりと言われても。

■昼職のスキルを使いまわす

「K区消防団慰労会」は、危惧していたような乱痴気騒ぎには至らず、和やかな宴の体裁を保ちながら自然な流れでカラオケ大会が始まった。

 園児相手に歌い踊り、日々の大小の催事の進行を仕切る昼職のスキルがここで生かされるとは思ってもみなかった。最近は、カラオケといえばモッチィ、が定番になっている。カラオケが始まるとお酌の業務からは外れることができるが、その代わり、誰かが歌

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小説| 水際の日常。#11 - 膝でタコを飼う女。

小説| 水際の日常。#11 - 膝でタコを飼う女。

■トンネル抜けて

 前方の軽トラのノロノロ運転にひめ乃はかなりイラついている。
「ここ、追い越し禁止区間が長いからしばらく追い越せないわ…ゴメンね」あたしが謝る。

 東北地方のリアス式海岸にも似た不連続な断崖が続く海岸線のトンネルに、時速四十キロほどのスピードで吸い込まれては、息継ぎをするように海の見える通りに出て、また不可解に長いトンネルの中にすうっと潜っていく。あたしを乗せた車は、あたしの

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小説| 水際の日常。#10 - 元地方セレブ妻の清貧生活事情。

小説| 水際の日常。#10 - 元地方セレブ妻の清貧生活事情。

■スローライフなメンタルは、お金に余裕があってこそ

 それにしても、三十五を過ぎてから自分の懐具合にこんなに不安をおぼえるなんて、想像もしていなかった。
 智之からいくらかの慰謝料も受け取ったし、贅沢をしなければもうしばらくは貯蓄の切り崩しと非常勤保育士の給料で充分な暮らしができるだろうと思っていたが、考えが甘かった。

 まず、引っ越しで蓄えがごっそりと持っていかれた。それは仕方ないにしても、

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小説| 水際の日常。#9 - アラフォー子なしバツイチ、移住者デビュー。

小説| 水際の日常。#9 - アラフォー子なしバツイチ、移住者デビュー。

■移住地探しは、陰る気持ちを前に向かせてくれた

『移住するなら人にやさしいこの町』『住みたい日本の田舎ランキングトップ10』『都会にいちばん近い田舎でスローライフ』『若者が移住したい人気の地方特集』などの見出しをネットで見つける度に、片っ端からクリックして情報をインプットしていく作業は、苦い記憶をリセットして気分を前に向かせるためにいくらかのプラスにはなった。

 過疎地域の定住者促進事業の事務

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小説| 水際の日常。#8 - サレ妻、下剋上新カノと旦那包囲網に無念の撤退。

小説| 水際の日常。#8 - サレ妻、下剋上新カノと旦那包囲網に無念の撤退。

■別れたくはなかったけれど

 智之が不倫する可能性を、あたしは想像すらしたことがなかった。信じ切っていたというよりも、疑うということを思いつかなかったのだ。

 冷静になってみると、智之ばかりを責める気にもなれなかった。
 あたしも、知人から芸能人まで…情の強さ深さにグラデーションはあるが、結婚後の浮気心には複数の心当たりがある。浮気心以上の浮気も、プラトニックとはいえ、なきにしもあらずだし、プ

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小説| 水際の日常。#7 - 女友達が夫婦関係に波風立てに来た。

小説| 水際の日常。#7 - 女友達が夫婦関係に波風立てに来た。

■古い友達がうちに来た

 智之との結婚生活は、凪状態で今後も続いていくのだろうと思っていた。
 事務のパートは契約更新のタイミングで辞めてしまった。
 親から引き継いだ建設会社の設計部門を任されている智之には充分な稼ぎがあるので、妻のあたしが働かなくてもなんの支障もなかった。でも、このまま家にいたら腐ってしまいそうだった。じゃあ、外に出よう。やっぱり働こうと思い立った。お金のためじゃなく、アイデ

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