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小説| 水際の日常。#16 - 添え物稼業のあたしたち。

■年と年度の変わり目はいちばんの稼ぎ時

 日がすっかり短くなり、年末が近づいてきて、忘年会のお座敷の仕事がいっきに増えてきた。アフターがなくても、一日に二本のお座敷をはしごする日は帰りが深夜をまわる。日中、へとへとになるまで子供たちの相手をしているあたしにとっては、週に数本程度のお座敷をこなすだけでも体力的にかなり堪える。

 仕事を選り好みできる立場ではないのだが、その日派遣されるお座敷が、地域の自治会や老人会のサークルや、お寺の檀家さん方の忘年会とわかった時は正直言って気が楽だ。自治会の忘年会は、会の予算が年単位で決まっているから、延長もなく義務的に二時間きっかりで終わってくれる場合が多い。
 常に笑いの絶えない和やかな宴会となる自治会もあれば、おひらきまでお葬式みたいな雰囲気の自治会もある。そして隣組同士の不仲っぷりはよく見かける。港に近い地区ほど、外様のあたしにはわからない複雑な事情を抱えていることが多い。港育ちの亜哉子ママに、誰と誰は仲が良い、悪いという話を時々聞いては頭の中にインプットしておき、お座敷で地雷を踏まないよう気をつける。絶対に会話が盛り上がらない…お酒も進まない張り詰めた空気のお座敷で接客に徹する二時間は普段よりも長く感じ、延長なしで帰れるとわかっていてもこれはこれで疲れる。

■男だらけの夜の政治、添え物のあたしたち

 その日も、いつものように下戸のあたしが運転するレクサスに相乗りして現場入りした「みね岸」御一行は、寿司屋の二階の廊下で正座しながら大広間への入場のタイミングをうかがっていた。
 乾杯前の長々としたあいさつが襖の向こう側から聞こえている。
「うわっ、また市長と市橋来てるんだ」亜哉子ママが小さく吐き捨てた。
 確かに先月あたりから、自治会のお座敷に現れては足早に退散する二人の姿を頻繁に見かける。
「選挙が近いからね」ママが隣のあたしに耳打ちした。来年の二月、藻倉市議会議員選挙が行われる。
 藻倉市長の乾杯の音頭で宴会が始まると、上座に座る地区の重鎮から順に、市橋議員の誘導で市長がお酒をついでまわる。市長のお酌の邪魔をしないように下座のほうで接客しながら様子を見ていると、宴会開始十分ほどで二人は足早に消えていった。別の会場へ向かうのだ。

■町の正体が、夜になると少しわかる

 亜哉子ママの、地元の権力者たちとの付き合いは、職業柄、広範囲に渡る。この地域で大きなお金が動こうとする場に、ママはたぶん数えきれないほど立ち会っている。誰が出席していてどこに流れていったか、その夜の出来事について、ママが口を割ることはない。
 「みね岸」の御贔屓筋にお祝い事があると、特大サイズの胡蝶蘭の鉢植えを自宅に届けたり、年始のあいさつには熨斗付きの地酒の一升瓶を配って回ることも欠かさない。
 お座敷帰りの車内で「人付き合い大変ですよね」とママを労ったら、「この商売、出ていくもののほうが多いのよモチ〜」と酒焼けのダミ声で泣きつかれた。
「ママは今回も市橋さんに投票するんですよね?」とひめ乃。
 するとママは鼻で笑った。
「まさかぁ、あたし入れないよぉ。そろそろ落ちればいいんだよ、あのクズ。昔はあそこまで人間性腐ってなかったんだけどね。見た目も今より痩せてて繊細で、いい男だったんだよ、人の面倒見も良くてさ。自分の選挙の総決起集会の時にはいつもうちの女の子四、五人は付けてくれてたの。今じゃ二人だよ、二人。しかも、百人分の酒を女の子二人でついで回れっての。さらにだよ、自分はみんなの前で見栄張りたいから、コンパニオンは和髪結って着物着て来いって言うの。そんなの、準備の時間とか考えたら花代の割りに合わないって。だいたい、あたし保守政党なんて好きじゃないし、愛国心もないっての」

「えっ、嘘でしょ?だってママ、この間市橋議員と後援会のメンバーとゴルフコンペに行ってたじゃん。フェイスブックにも楽しそうな写真載せてたの見ましたよ?」ママのぶっちゃけ話にひめ乃も驚いている様子だ。
「だってあたしはみね岸の女の子たちを食べさせていかなきゃなんないんだから。そのためならいくらだってゴマ擦るよ」
「ママ、泣けるぅ!あたし一生ついて行きます。ね、モッチィもママについて行こうね?ね?…そういえば、あたしの記憶に間違いがなければ、市長って元々市民派の野党系の活動してませんでした?藻倉市長になってから、いつの間にか保守系の市橋議員がマネージャーみたいに市長にぴったりくっついてるの、あれってなんなんですかね?」
「弱み握られて、裏で都合よく操られてんのよ。実際、市橋は市長を応援する気持ちなんか微塵も持ってないんだから。市長も本音は早く身を引きたいらしいよ。今度市長の目、よく見てみな、死んでるから。きっと現職を降りた途端、手のひら返されて、家族もろとも九十九里エリアにいられなくなるよ、あの人。かわいそうに…」
「そんな…怖いですね」とあたし。
 ママが話を続けた。
「市長は悪い人じゃないのよ、真面目だし、元々は志高い人。ただ、不運だったよね。地方の政治もタチ悪いのがいるんだよ。悪い奴に裏で捕まって潰された人、あたし何人も見てきたから。申し訳ないけど、市橋みたいなのが早く消えてくれないと九十九里地区はいつまでも自分のプライド優先の足の引っ張り合いで、良くなるはずがない。住む人が減っていって終わり。東京のよくわかんないコンサル雇ってどっかの代理店主催の住みたい街ランキングの順位買い取って藻倉市が全国的に人気あるみたいに見せてるけどさ、そんなの続かないって。お隣の須和野市のほうが草の根運動みたいに、若い人たちの力借りて知恵を絞ってよっぽどうまくやってると思う。モチもこんなクソみたいな田舎、そのうち愛想つかして出ていっちゃうよねぇ?ねぇ?出ていかないでぇ。もう少し、みね岸にいてぇ」
 珍しく飲み過ぎたのか、ママがご乱心だ。
「ママも市議会議員の選挙に立候補すればいいのに。いや、どうせなら市長選でもいいですよ。あたし全力で応援するから」ひめ乃が言った。
「バカ言ってんじゃないよ、あたし表舞台に出られるような人間じゃないから」と、ママが首を振った。「あんたたち、お腹すいてるよね?打ち上げしよ、焼き鳥食べに行こ!」#第17話に続く

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