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小説| 水際の日常。#13 - しれっと飛ぶ気満々な女。

■バレてないと思ってるのかな

「そういえば、モッチィも見てたよね?ユウの怪しい動き」
「見た見た、やってたね」あたしは笑った。
 お座敷で、ユウが一人のお兄さんにべったりくっついて親しげにラインのアカウント交換をしていた。ユウははじめから裏引き目当てで「みね岸」に入ってきたのだ。狙いをつけたお兄さんと個人的に繋がり、外で会って直に仕事をすれば、置屋に入るマージンなしの全額を自分のものにできる。ユウは太客を何人か引っ張れたらたぶん、みね岸から「飛ぶ」のだろう。そして何食わぬ顔でまた別の置屋に出没する。
 今までも、何人かユウみたいな女が入ってきては短期間でスッといなくなるのを見た。パパ探しの女、新興宗教勧誘の女、保険勧誘の女…、彼女たちは表向きすこぶる人懐っこそうに見えて絶対に素を出さないから、コンパニオンたちの輪からいつもなんとなく浮いている。そして案の定、本人が飛んだ途端、みね岸恒例、悪口大会の餌食になる。
 ユウの件を、あたしもひめ乃もママに告げ口することはたぶんない。単に、面倒臭いからという理由もあるが、ユウのやり方を理解できない訳でもない。

■人として扱ってもらうとびっくりする

 …とにかく、やっと家に帰れる。あたしはホッとして車へ向かった。
「お疲れさまでしたぁ」
「お疲れ様」
「K区消防団慰労会」のお座敷を無事に終えたコンパニオンたちがどっと車内になだれ込む。
 すると、あたしたちのレクサスに体格の良い中年男が近づいてきて、運転席の窓をコンコンと叩いた。さっきのお座敷の幹事だった。あたしは窓を開ける。
「ねぇ、これからアフター行ける?オレが女の子全員分払うからみんなで遊ぼうよ」
「えっ?いいんですかぁ?行きます行きます!みんな、いいよねぇ?」さっきママに叱られて凹んでいたひめ乃はいっきに声のテンションが上がり、条件反射で男の誘いを快諾し、車の外で男と金額交渉を始めている。あたしたちはひめ乃に従うしかない。
「空ちゃんもかれんも、わざわざ遠くから稼ぎに来てんだから、ここで元取って帰らないとね」ユウが先輩面して二人をたしなめる。

 嫌だなぁ、どこの店に連れていかれるんだろう…。あたしはアフターが心底嫌いだ。そりゃあ、もうひと稼ぎしたい気持ちはなくはないが、目の前の男から伝わってくるのは「一次会は周りの目があって羽目外せなかったけど二次会なら個別に金出すんだしいいよね?お前らわかっててアフター引き受けるんだろ?」な、わかりやすい下心。気が進まないまま、男の体格とアンバランスなサイズの黒のミニクーパーの後ろをあたしはレクサスで黙って追いかける。
 この近辺のお座敷のアフターで使う店といえば、国道沿いに一店舗だけあるカラオケボックスか、駅前の小さな飲み屋街のスナックのどちらかが定番だ。泊りがけの海釣り客が多い地域だから、居酒屋やスナックの数は捨良町よりも多い。

 先週の、国産時計メーカー「E」OB会御一行様のお座敷は楽しかった。
 御一行様の宿泊するホテルの宴会場の入口で幹事さんにハワイアンレイを1人ずつ首にかけてもらったあたしたちは、ゴルフコンペ後の温泉上がりでご機嫌なお兄さん方に盛大な拍手で迎え入れられた。ひさびさに仲間が集った慰安旅行のクライマックス、「派遣コンパニオン付き大宴会」を皆さん楽しみにしていたようだった。
 どのテーブルに着いても「せっかく来たんだから好きなの食べていってくださいよ」とお兄さん方が言ってくれるので、ママが同伴でついて来なかったのをいいことにコンパニオンたちはオードブルでお腹を満たし、元重役さんのはからいで三十分の延長まで付いた。
 おひらきになると、あたしたちは一人ずつお土産をいただいた。集めた会費から事前に用意してバスに積んで持ってきていたらしい。バラのコサージュを飾り付けた白い紙袋の中には、お菓子と入浴剤、韓国製のフェイスパック、なぜかサランラップなどの家庭用品…そしてお礼の手紙が入っていた。

 お座敷で、たまに「人間として」扱ってもらうと、あたしはなんだか調子が狂う。普通に楽しい時間を過ごしてギャラをいただいて良いものかと恐縮する。結論…、時計を買う時はE社ので決定。
 お座敷マナーが優良な企業の名前と、旅の恥はかき捨てのクソ企業の名前…どちらもシラフなあたしの記憶にしっかりと刻まれている。#第14話に続く

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