居酒屋

秘密

お酒は好きなのだけれど、どうしてかあまり酔えない。

お酒は好きだし、なによりも人と飲むのは楽しい。ビール、特にクラフトビールが好きで、あのなんとも言えない苦味が好きだった。1回飲みにいくと、平均で5杯から6杯は最低でも飲む。

けれど、いつも酔えなかった。量を飲むと酔う人、特定のお酒で酔う人、雰囲気で酔う人。いろいろいて、友達はみんなどれかに当てはまるけれど、わたしはどこにも当てはまっていなかった。

居酒屋でお酒を飲んでいると、どことなく浮世離れした気持ちになる。そこにいるのだけれど、そこにいない。みんなの話を聞いているけれど、どこか宙に浮いている。居酒屋にいるはずなのに、いつもどこかちがう場所にいた。

居酒屋は、真剣な話が不意に出るから好きだった。しっぽり飲んでいるときでも、わいわい言いながら飲んでいるときでも、誰かが思いがけない話をする。そうして、数人でその話に耳を傾けて、ああでもないこうでもないと言う。そん時間がなんだかとても好きだった。

けれど、その時間にもわたしは居酒屋にいなかった。体だけ置いているみたいで、なんだか宙に浮いている。話を聞いているし相槌だって打つけれど、そこにいなかった。

居酒屋でした話は、どれだけ真剣でもみんな覚えていなかったりする。なんとなく、ふわふわした状態で話す話は記憶に残らない。みんな、あの時間を忘れている。

けれど、宙に浮いているわたしはいつも覚えていた。あの人がこんな話をしていて、この人がこんな返事をした。その返事にちょっと不服そうなあの人だったけれど、そういえばまた別の人がフォローした。そんな流れと会話が残っていた。

誰も覚えていないけれど、わたしは覚えている。それはそれで、なんだかいろいろな人の秘密を握っているみたいだった。

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