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アクマのハルカ 第4話 真実は違うのよ!人を孤立させるために流された噂。

 香月麻莉亜(こうつき まりあ)は紗也佳(さやか)の言葉に身体が膠着し、言葉が出なくなった。怯える麻莉亜を見て微笑んだ紗也佳が恐ろしい。それでも幾度も辞めたいと思いながらも教壇に立ち続けてきた毎日が麻莉亜を救った。その場から逃げることをせず、無意識にチョークを持ったのだ。

 黒板を睨みながら麻莉亜は考えた。ここであの子との経緯を紗也佳に正直に話し、一緒に開放されるべく手を組むことを提案しようか。ただ利益誘導に紗也佳が乗らなかった場合、紗也佳の心は完全に麻莉亜から離れ試合は終了となる。
 試合終了となればあの子に取り込まれて信者とされかねない。ならば先ずは紗也佳と話そうか、しかし紗也佳の理解を得るのは難しい。ともすると紗也佳と2人、麻莉亜はあの子に取り込まれ信者となる。

 逃げ道はないか?どうすべきか。麻莉亜は自分の心に聞く。そして目をつぶり考えた。紗也佳との思い出を浮かべる。
 誕生日に「紗也佳、大好きだよ〜おめでとう」とプリントの裏に走り書きすると、「えー、私の方が麻莉亜先生、大好き」と返してくれたこと。
 「タレント活動、応援しているね。」と言うと自身がモデルになっているカレンダーを持ってきて、麻莉亜の席に貼ってくれたこと。
 さりげない日常が恋しかった。

 麻莉亜は自身の本音が紗也佳と仲良くしたいことだと気づいた。それなら話すだけだろうし、話す以外の選択肢はないと思った。
 麻莉亜はチョークを置いて黒板を背に紗也佳に話しかける。
……………
 「紗也佳に理解してもらえるかは分からない。だけど私が紗也佳と話したいから話します。」

 叶海(かなみ)や奈津美(なつみ)と話した時に、無視って残忍と思ったが、心に反して笑顔で解答されることも、それはそれで堪えた。私はいつから生徒とこんなに距離が出来たのだろうと思った。気づいた時にはあの子の手の中で、孤になっていたが、そこには対話を避けてきた自分にも要因があるのだろう。
 そうだとしても限りある時の中で、麻莉亜なりに手一杯で精一杯だった。

 麻莉亜に求めた愛情を受け取れなかった生徒達の逆恨みは、麻莉亜にぶつけられる。美人って疲れるわ、自画自賛が入るところがまた嫌がられることを知りながら真実を遺憾なく評価すると麻莉亜がモテていたことも孤立の一因だろう。
 麻莉亜は本当に疲れたなと思った。次に働くのは女子高ではなく共学にしようと心の中で決めた。
………………
 「横、いい?」
 麻莉亜は紗也佳の横の席に座った。長く立ちっ放しだったから、身体中の疲労が椅子に吸収される感じがした。あー、楽と思った。だから紗也佳が無反応であろうと、睨もうと立つ気は失せた。

 「紗也佳は自慢の生徒なの。だから人に話したわ。テレビに出ているこの子、私の生徒で学校でもチャーミングよ。って。
まさかそれを誰かが悪く解釈し、流布されるなんて思いもしなかったから。
ごめんなさいね。」
 それだけ言うと麻莉亜は離席し、授業を始めようとした。紗也佳は御免でおしまいなのか、もっと話したいと思い目を丸くして
 「それだけ?」
 と聞く。麻莉亜は謝意を伝える以上のことはないと思い頷いたあと、
 「ええ。それだけ。」
 と答えた。
 人ができる最大のことは、言い訳せずに謝意を伝えるしかないのだ。
……………
 2人の間には沈黙が流れる。麻莉亜は授業を始めようと思うが、紗也佳は納得していない様子だった。その様な状態で授業を始めても授業内容は心に届かず、無駄な念仏になるだろう。だから授業を始めようがないが、この件について深く話せば言い訳になりそうで効果を期待できない。

 麻莉亜は一旦、深呼吸した。
 言い訳になっても、不完全でも話してみようと麻莉亜は決意し、口を開く。
 「友達、仲良しって近寄ってくる人ほど、怖いなと、今回、感じたわ。紗也佳が生徒だと話したのはほんの数人の信頼している同じ教師だったから。」
 教壇に両肘を付き、手はその上で組みながら話した。 紗也佳はあまりにも残忍な言いがかりを聞いていたから、麻莉亜が自分を陥れようとしているのではないかと推測していた。だから、
 「本当にそれだけ?」
と聞く。麻莉亜は、
 「ええ。友人というか、同僚の教員2人にだけよ。それがこんなことになるなんて。
 自分が有名人と知り合いとアピールすることで、他人にマウントを取りたがる人がいる。その人達は何故かその有名人のことを悪く言う。
 今回の有名人は紗也佳で、私が大事な紗也佳を私にも悪く言い、更に紗也佳の悪口を私が言ったことにすり替えてネットに書く。
 私が紗也佳と仲良しであることも許せなかったのね、彼らは。
 どんどんエスカレートして、私を孤立させ、スカートを捲ったり、おしりを触ったり、過度なセクハラにまで発展したわ。だけど犯人の2人は私を管理しているから、私の被害は公にならず私が孤立する方に進んだ。紗也佳の悪口を私が言ったことにして、紗也佳を私から引き離したのも私を孤立させるための一環ね。」 
 麻莉亜は紗也佳のことを自分の前で悪く言った大山洵ゴ(おおやま じゅんご)、大室直矢(おおむろ なおや)の顔を浮かべた後、すぐに掻き消した。顔すら思い出したくない、名前さえ口に出したくないほどに許せなかったのだ。
 本来なら、大山、大室の行為について更に語ることで誤解を解くべきかと知れなかった。しかし麻莉亜が伝えたいのは、自分が被害にあった事実ではなく、紗也佳を大切に思っていたことだった。だから大山、大室の話はそれ以上しなかった。
………………
 麻莉亜と紗也佳は目を合わせたままそれ以上、話さなかった。
 麻莉亜は、あの子が大山と大室を喰ってくれたら良かったのにと思った。あの2人は、職員室でも麻莉亜を監視していた。麻莉亜の交友関係、会話の内容を管理し、それを悪く評価し、真実と織り交ぜながら虚偽を流布する。まるであの子のようだった。
 麻莉亜の想像ではあるが、あの子は2人を喰わずに遠目から見て利用していたのかも知れないと感じていた。
……………
 麻莉亜が忌まわしい毎日を思い出し、何をどう伝えたら良いか分からずただ物思いに耽っていたから、紗也佳が口を開いた。
 「あの子は、噂や誹謗中傷を聞いて、麻莉亜先生が元凶だって言っていたわ。」
 紗也佳は正面から麻莉亜を見た。麻莉亜は、
 「私が見ているあの子と、生徒たちが見ているあの子は違うのかもね。」
 と答えた。紗也佳は直ぐに、
 「違うって何が?」
 と反論した。麻莉亜は言って通じることは難しい、同じ人間でも見る人次第で別人になるのだからと思った。しかしここで言わなければ、紗也佳と話す機会が二度とないことを感じたから続けることにした。
 「私にとってのあの子は、あの子が言った悪口を、私が言ったことにすり替えて人の気をひく子なの。だから、私は警戒している。」
 麻莉亜は正直に打ち明けてから、言わなければ良かったと思った。紗也佳の怒りが見えたのだ。
 「やっぱり、麻莉亜先生は酷い!!ハルカを悪く言うなんて、分かってない!ハルカはいつでも私の味方だったし、悪口で…でも。」
 紗也佳は机に両手を付いて立ち上がった。確かにハルカが人の悪口を言うことをよく聞いていたが、悪口を言うに至った根拠が作り話だったのかと疑問を持った。そのため、その先の言葉を出すことが出来ず、立つことで話を止めたのだ。
 紗也佳が立ち上がった勢いで椅子がひっくり返る。
 椅子がひっくり返ったガチャーンとの音が教室に浸透し、麻莉亜の心に何かを思い出させた。そして、
 「ハルカ?」
 と呟いた。紗也佳は机を両手で叩きながら答える。
 「そうよ、先週、流産して大変だった、安熊ハルカ(あくま はるか)よ!」
……………
 麻莉亜は思いっきり、目を見開いた。そうだ、あの流産のときからだ。記憶を取り戻したかと思うと、麻莉亜の目の前は再び真っ赤な雲に覆われた。麻莉亜は雲に負けない、まだ話は終わっていないと思い、
「紗也佳ぁ」
 となけなしの力で叫んだ。そして両手を紗也佳に伸ばす。彼女を解放してあげたいと思ったが、紗也佳には届かなかったというか、紗也佳が受け取らなかった。

 「麻莉亜先生、話せてスッキリした、どうやら嫌だったのは噂じゃなくて話せないことだったみたい。でも今は行けない。迷ってる。」
 紗也佳からの声を聞きながら、麻莉亜は何も出来なかった。何てことだと思った。麻莉亜は紗也佳をハルカに取り込まれた状態にしたまま、ハルカの目の前に戻ったのだたった。

 「あー、届かなかった。」
 麻莉亜の胸には無念の思いが溢れたが、目の前にいるハルカと対峙しなければならない危機的状況がボルテージを上げた。
 解放の扉を開くためにハルカと話す材料は揃った。

(アクマのハルカ 第4話 真実は違うのよ!人を孤立させるために流された噂。 了)

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