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日本初のディズニー映画とは・・・

ご存知、寅さんシリーズ。
「姓は丹下、名は左膳!」
じゃなかった。
「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。 帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」
だった。

このセリフから始まる寅さんシリーズの第5作目、1970年公開『男はつらいよ 望郷篇』。寅さんが江戸川に繋留されている渡し船で寝ていると、ヒュルヒュルと紐が解けて、ぷかぷかり。柴又から下流にある浦安へと流さる。すると、浦安にあった豆腐屋で働き始め、油揚げにまみれた生活を始める。実は流される前、寅さんは「ずっと油にまみれて働きたい」と思っていたのだ。
このあとはNetflixなりその他の媒体なりで確認して頂きたい。
この浦安鉄筋家族でお馴染みの千葉県は浦安市。ここにあるのは夢の国、東京ディニーランド。いや、東京ディズニーリゾートだ。東京ディズニーランドの開園が1985年なので、なんと寅さんは15年も前にディズニーしているわけだ。ディズニーランドができるかも知れない場所で豆腐屋の丁稚、いや、キャストとなって働いているのだ。

これをディズニー映画と言わずに何をディズニー映画と言うのか?
この『望郷篇』はひょっこり柴又に寅さんが戻ってから北海道に向かう。88分のうちおよそ44分、つまり半分、作劇法でミッドポイントと呼ばれるちょうど真ん中まで丸っと北海道篇なのだ。そして後半は浦安篇となる。一度に二度美味しい作りになっているから是非見てほしい。
長々と北海道にいる。つまりディズニー映画でありながら、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭を見据えるいやらしさがある。しかしそのときはまだゆうばり国際ファンタスティック映画祭なかった。
ようするに、未来を見ている映画なのだ。いずれ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭が開催され東京ディズニーランドが開園するという未来を見据えた、バックトゥザ・フューチャーの要素すらあるのだ。

最後になるがこれだけは忘れないで頂きたい。
寅さんはいつも江戸川の土手や渡し船に寝転がって何を見ているのだろうか? 何を思っているのだろうか?
マドンナ? 次の旅先? 幼い頃の思い出? 叶わぬ夢? 違う。寅さんは東京から江戸川を挟んだ向こうにある千葉を見ているのだ。つまり寅さんは千葉に恋焦がれているのだ。
東京の下町を描いた映画? 人情? 家族? 冗談じゃない。徹底的に千葉への憧憬を描いた映画なのだ。そして千葉憧れを描いた映画はその後、何十作も続くことになる。千葉のライバルは埼玉。埼玉映画とい言えば、翔んで埼玉。しかし、たかが第二作目の翔んで埼玉どころではないのだ、寅さんは。もうチバラギとか何とかバカにするのはやめにしたい。

まあ、当然ながらすべて嘘だけど。

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