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【アートノトお悩みお助け辞典】頁8.活動場所の探し方・使い方 ②美術編

第一線で活躍する各分野の専門家にご協力いただき、芸術文化活動に役立つコラムや情報をお届けする「アートノトお悩みお助け辞典」。頁7に引き続き、今回も活動場所の探し方・使い方がテーマです。今回は美術分野に特化した活動場所に関するコラムを、アートプロジェクト等に携わる入江彩美さんにご執筆いただきました。


はじめに

表現活動を行うとき、みなさんはどのような環境を理想と考えるでしょうか。
たとえば、表現したいメディアが、絵画や版画など平面作品、彫刻や陶器といった立体作品などの「モノ」であるとき。
ひとつは、制作するための素材や道具類、設備環境が整っていたり、新たな表現方法を模索するときに身を置く〈創作〉の拠点となる場所。そして、作業の途中段階にあるフラジャイルなものや、これまでの制作物を安全に〈保管〉できる場所。もちろん、表現したものを展示し〈発表〉する場所も必要です。

表現したいメディアが異なれば、それぞれ「モノ」を扱うために必要な条件も、理想とする環境も多様でしょう。

昨今、アーティスト・イン・レジデンスや芸術祭など、国内外には制作や発表の場を得る機会が用意されていますが、期間や制作物に前提条件がある募集がほとんどです。

この記事では、私がアートマネジメントに関わってきた経験から、「モノ」をメディアとして扱うアーティストがどのように活動場所を探してきたか、見聞きしたりリサーチしたことをいくつかティップスとしてお伝えできればと思います。
とりわけ、日常生活を送りながら表現活動を行うときに考えられる拠点整備の方法をいくつか提示します。キーワードは「実際に足を運んでみること」です。


創作の拠点となる場所

特定の「モノ」を素材とするとき、制作にかかる十分なスペースや設備、不要ゴミの処理、制作の際に出る音やにおいへの配慮や加工する素材・作品の搬出入など、多様なふるまいが想定されます。もちろん、日常的に足を運ぶためには公共交通機関で通えるかなどの立地への考慮も必要です。生活を送りながら制作をつづけていくために必要な条件を、優先順位をつけながら整理しましょう。

制作するメディアは?加工する素材は?制作物の大きさは?必要な道具や設備は?

▶共同スタジオを探す

必要な条件を整理したら、優先度の高い条件に見合った制作場所を探します。
まずは、すでに環境整備された共同スタジオから探してみることをおすすめします。メンバーが入れ替わりながら運営するケースが多いため、スタジオに空き状況を問い合わせてみることが必要です。満室で募集をしていないケースや、空いているスペースの利用方法が限られている場合もあるでしょう。
共同スタジオは、絵画や軽作業等を中心とする場所や、彫刻家が多く所属している場所など、設備や立地条件によって特色があります。地域にひらいたイベントを開催したりなど、制作以外にも取組をする場所も。自身の創作活動と相性をみることも大切です。
今回は都心から比較的近い、規模が大きかったり、スタジオ情報が集積しているウェブサイトを挙げていきます。

インストールの途中だビル
品川区中延のビル型シェアアトリエ。6階建てのビル2~5階部分が実際のアトリエとして活用されています。

井野アーティストヴィレッジ(IAV)
東京藝術大学と取手市が連携し、UR都市機構との協力で井野団地内のショッピングセンターを改修。若い芸術家が共同アトリエとして活用できる場所です。

Super Open Studio NETWORK
東京都八王子市、町田市及び神奈川県相模原市近隣を活動拠点とするスタジオ群がゆるやかにつながり、運営する団体。例年10~11月の間に所属スタジオが一斉にオープンするプロジェクトも展開しています。

START Box
東京都とアーツカウンシル東京が作品づくりのための環境を求めるアーティストを対象に、創作活動スペースとして期間限定で提供している場所。自身の創作活動の諸条件を確かめる機会や、地域にひらきながら活動するトライアルの場として活用することも考えられます。

共同スタジオは全国各地に点在しています。もしかしたら、あなたが生活する身近な場所にも存在している可能性も。表現活動をしている人に実際に話を聞き、地域にある共同スタジオを探してみることからはじめてみてはいかがでしょうか。地域のコミュニティに届かない場合は、大学助手やお世話になった予備校の講師、創作活動をつづける身近な人のところを訪ねてみることも、何かにつながるきっかけとなるかもしれません。


▶スタジオをつくる

身近に共同スタジオが見当たらないときや、条件が合わなかったり、問い合わせたタイミングでメンバーを募集していない場合もあるでしょう。
そんな時は、新たにスタジオを立ち上げるという手も。方法としては、自分でつくるまたは、メンバーを募り共同でつくるの2パターンが考えられます。

∟自分でつくる
制作活動の規模によっては、あまり広くないスペースや生活に困らない程度の設備で十分ことたりる場合もあるでしょう。自宅の一角に作業スペースを設けるなど、日常の範囲で整備することも可能です。

【メリット】自分で管理できるため、いつでも制作に取り掛かれる/設立時はコストがかかるが、かかる費用を調整しやすい
【デメリット】設備整備が十分にできない/十分な作業スペースが確保しづらい/(自宅の一角につくる場合)作業内容が限られる

∟共同でつくる
制作場所を探している人や、表現方法をひろげたいと考えている人、広い作業スペースや設備が必要な人が身近にいたり、ひとりでスタジオを設立するには家賃や諸経費などコストがかかることに困っている時。そんな時は、共同スタジオを設立するチャンスです。

【メリット】広い作業スペースの確保や設備整備がしやすい/資金面が抑えられる/すでにある設備を考慮した物件選びができる/人を呼びやすい
【デメリット】立地があまりよくない場合がある/運営管理が必要

共同でスペースを使うための使用ルールを定めておくと、運営管理への対応がスムーズになるでしょう。
他の共同アトリエに見学に行くなど、元ある運営体制を参考にしながら検討することもひとつの手です。

∟物件をさがす
個人、あるいは共同でスタジオを借りる場合に有益な、関東圏を中心に貸工場や倉庫、DIYやアトリエ利用可能な物件を紹介する情報サイトを一部ご紹介します。

立和コーポレーション
関東近隣の貸工場・倉庫等の物件を取り扱う情報サイト。

東京アトリエさがし
都内近郊を中心に、アトリエ・工房・作業所を紹介するサイト。

MAD City
千葉県松戸エリアを中心に物件を取り扱う情報サイト。

omusubi不動産
千葉県や都内近郊のDIYやリフォーム、アトリエ利用可能な物件を紹介する情報サイト。

基本的な態度として、制作活動を行うにあたってどのような活用方法を想定しているかを、物件管理者と確認・調整する必要があります。大家さんと相談しながら、どの程度の作業が可能かを物件ごとに確認しましょう。

平面や立体の美術をつくる様子

保管できる場所

▶創造の場とあわせて整備

作品を保管するために、美術館のように燻蒸処理ができ、適度な温湿度を一定に保てるスペースが理想ではありますが、運営管理やコストなどをふくめ、整備は困難を極めます。
もし、新たに制作環境を整備するようであれば、保管できることを創作場所の優先条件のひとつとして検討することも可能でしょう。それぞれが実際に「モノ」を扱ってきた経験を踏まえながら、保管に適した環境を目指す必要がありそうです。 

∟個人スタジオ・自宅で保管 
【メリット】一括で作品管理が可能/保管状況を調整しやすい
【デメリット】十分なスペースを確保しづらい/立地によっては搬出入がしにくい

∟共同スタジオで保管
共同スタジオには設備として作品の保管エリアが設けられていることがあります。共同スタジオ所属者は設備として使えますが、保管を目的として借りられる場合も。
スタジオによって傾向が異なるため、確認が必要です。

【メリット】保管専用のスペースが確保しやすい/状態を一定に保ちやすい(制作中の作品含む)
【デメリット】 保管状況の調整が必要

また、保管場所を自宅と創作の場の2か所にわけるなど、分散するかたちで保管する手も。その場合はリストなどをつくり、どこに何が保管してあるかメモなどを残しておくと後に困りません。自身が保管しやすいかたちで無理なく管理できることが大切です。

発表する場所

▶伝わり方を設計する

制作・保管のための条件を整えたら、表現を届ける発表の場も必要です。コンセプトや予算、展示場所やスケジュールを考慮しながら、どのような場所が発表に適しているかを設計しましょう。共同でスペースを借りたり、企画テーマを設定して展示をするなど、伝えるために最適なかたちを探る作業です。
スペースによっては、会場にスタッフの配置が必要だったり、利用のためのルールが定められている場合がほとんどです。

∟自身のスタジオを展示スペースとして開放する
創作・保管の場であるスタジオに足を運んでもらい、発表の場とする方法です。制作環境や資料などもあわせて展示することで、表現ができあがる生っぽさを保ったまま伝えることができます。
 
【メリット】(共同スタジオの場合)所属アーティストの作品も展示できる/公開制作やワークショップなどのイベントの開催準備を整えやすい
【デメリット】(個人スタジオの場合)不特定多数の人を招けない/スペースによっては少人数規模になる/プライバシーなどの個人情報にかかる調整が必要

∟公共施設を借りる
公共施設の一室を利用することで、施設の日常的な利用者にも届けることができます。
 
【メリット】施設利用料が比較的安い/交通インフラが整っていることが多い
【デメリット】展示設備としての環境が整っていない場合がある/利用条件が定められていることが多い(自治体に在住・在勤・在学していないと使用できないなど)

こくちーずスペース
全国にある公共施設貸し会場検索サイト。展示可能なスペースも検索可能です。

展示会場として利用できるスペースは全国各地に整備されています。まずは在籍する自治体のホームページなどで確認してみてください。

∟民間の展示スペースを借りる
まちなかで民間が運営するスペースのなかには、展示に特化した場合もあります。
 
【メリット】展示内容や規模にあわせた会場が選べる/備品や搬入のタイミングが調整しやすいなど、展示設営がしやすい場合が多い
【デメリット】コストが高め

Rental Gallery.jp
全国各地のレンタルギャラリー、貸し画廊を検索できるサイト。

もちろん、上にあげた方法はあくまで展示場所を要する発表方法の一例でしかありません。美術館やギャラリーだけでなく、まちなかやオルタナティブスペース、日常的に訪れているカフェや気になる書店など、積極的に話しかけてみてください。誰にどのように届いてほしいかを考えながら発表の場を探りましょう。

おわりに

表現したいメディアが「モノ」であるときに考えられる、〈創作〉〈保存〉〈発表〉の場に適した見つけ方やつくり方を提示してきました。日常生活のなかで制作をつづけるために、考慮すべき事項や参考となる情報サイトをうまく活用しながら、それぞれのケースにあった創作場所を求めてみてください。
「はじめに」で提示した「実際に場所に運んでみる」というキーワードは、物質として存在している「モノ」を扱うからこそ必要なことだと考えています。先達や友人に会って話してみたり、実際に利用する/したい場所に足を運ぶことは、足元を確かめながら可能性をひらく作業です。手間や時間がかかりますが、実感を伴って見聞きすることがさまざまな機会につながります。拠点という自身のひとつの軸となる場所を整備するために、自分をときにひらいたり閉じたりしながら、創作活動をつづけてください。

(入江 彩美)


【アートノトお悩みお助け辞典】活動場所の探し方・使い方
①舞踊編
②美術編


執筆者プロフィール

執筆者入江彩美の写真、岩に腰を掛けている

入江彩美 [アートラボはしもと]
1990年茨城県笠間市生まれ。成城大学大学院美学美術史専攻修士課程修了。美術館の教育普及事業に関心を持ち、水戸芸術館現代美術センターで学芸アシスタントを経験。2021年より、相模原市アートラボはしもとにてアートプロジェクトに携わり、2022年には東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京「東京アートポイント計画」事業を担当。現在は再度相模原市アートラボはしもとに立ち戻り、再整備やアウトリーチ事業を中心に務める。