【アートノトお悩みお助け辞典】頁7.活動場所の探し方・使い方 ①舞踊編
第一線で活躍する各分野の専門家にご協力いただき、芸術文化活動に役立つコラムや情報をお届けする「アートノトお悩みお助け辞典」。
創作・リハーサル・稽古、発表、作品・道具・機材・楽器の保管など、芸術文化活動をするうえで常に必要となる「場所」。活動分野、活動形態、必要な時間、スペースの大きさ、かけられるコストといった条件が個別に異なることから、「場所」についてお悩みを抱える芸術文化関係の方も多いのではないでしょうか。実際、アートノトの相談窓口には「創作に十分なスペースを確保したい」、「作品の保管場所を探している」といった活動場所に関するご相談が多く寄せられています。
こうした実情を踏まえて、「活動場所の探し方・使い方」のハウツーやコツを分野ごとにお届けします。シリーズ初回の今回は、舞踊分野を中心に制作者として活動されている林慶一さんにご担当いただきました。舞踊関係の皆さまが活動していくうえでのヒントとなれば幸いです。
今後は美術、音楽、演劇などの分野についても順次公開していきますので、どうぞお楽しみに。
はじめに
舞踊に限らず、いわゆるパフォーミングアーツの活動には「創るための場所」と「発表するための場所」が必要です。これから活動を立ち上げようとする若い担い手からは活動場所をどのように探し、どのように選べばよいのかと相談を受けます。劇場などの「発表する場所」に比べて、「創るための場所」について情報の流通が乏しいようです。場所の問題は経験値を問わず、いつまでも付きまとう悩ましい課題です。とはいえ「場所探し」は活動の新たな可能性を拓く切り口でもあります。「創作」「発表」の前提となる「場所」を、どのように捉えて開拓していくか、それはアーティストのカラーやコンセプトと直結しており、セオリー通り型に嵌るのは必ずしも良いとは限りません。ですから、まずはできるだけシンプルに考えて無手勝流にやってみることをおススメします。稽古場や公演の会場が四畳半の自室だってよいのです。でも、やっぱりそれでは困ってしまうという方もおられるかもしれません。この記事では、私が制作者という立場でアーティストの場所探しを普段どのように考えて進めているか、すごく基本的なところを辿り、まとめてみますので、ひとつの道筋として参照してもらえたら幸いです。
創るための場所
予算、使用条件、立地など、求める要件を満たす場所を必要日数確保することは容易くありません。ダンスカンパニーの1公演あたりの稽古回数は約20~40回程度。使い勝手や予算面を最大限考慮しなければ経済的にも物理的にも体力が持ちません。まずは一般的にどのような選択肢があるのか整理してみます。
公立施設
地域ごとに名称は様々ですが、各自治体に設置された公民館などの施設です。まずは安価な利用料が最大のメリットです。実績のあるカンパニーでも拠点地域の公民館施設を使用し続けることは少なくありません。基本的に施設利用には団体登録が必要です。自治体によって登録の要件や予約方法が異なりますが(※)、構成員の必要人数が定められているケースが多いので、往々にしてこれがハードルになります。
※ 東京都の 区立施設利用方法一覧|舞台制作PLUS+
【利点】利用料が安い/大小様々で施設数も豊富
【欠点】芸術活動のための専用施設ではない(音量など使用に制限が生じる場合がある)/月々の使用日数に制限がある/複数の施設を転々としなければならない/団体登録が必要/抽選制であったり市民・民間団体と取り合いが生じる/複数日程を連続使用できない
民間のレンタルスタジオ
営利施設であるため公立施設と比較すると決して安価ではありませんが稽古施設としての基本的水準を備えていると考えてよいのが民間のレンタルスタジオです。技術機材、美術、大道具をやや大掛かりに使用する場合は複数日程連続してスペースをおさえることで仕込みを維持したままリハーサルを実施することもできます。利用料はネックではありますが、小屋入り前の集中稽古期間のみ公演会場の舞台実寸のとれるスタジオを使用するという使い方は有効かもしれません。検索サービス等を使用して用途に合う施設を探します(※)。
※稽古場データベース|舞台制作PLUS+
※TOKYO DANCE LIFE
【利点】芸術活動のための専用施設である/連続日程使用可能
【欠点】利用料が高い
公立稽古専用施設
「水天宮ピット」(東京都立)、「ココキタ」(北区立)、「たなか舞台芸術スタジオ」(台東区立)など、東京都および各自治体の設置する稽古場専用施設です。利用資格が問われるため使用のハードルはやや高くなりますが、安価な利用料で稽古専用施設を使用できるので条件に合う方はぜひとも利用を検討されるのが良いと思います。
【利点】利用料が安価/芸術活動のための専用施設である/連続日程使用可能
【欠点】施設数が限られている/利用資格を満たす団体しか使用できない
その他
民間稽古専用施設|森下スタジオ
森下スタジオはセゾン文化財団が運営する現代演劇・舞踊を対象にした稽古専用施設です。同財団の主催する事業のほか、同財団の助成する個人または団体、事業においてのみ利用が可能です。施設の水準に比較して非常に安価であることや、スタジオの有する施設規模にバリエーションがあり、様々なプロジェクトスケールに対応するため、新進アーティストにとって憧れの稽古場です。セゾンの助成プログラムは様々です。特にフェロープログラムは狭き門ですが、挫けず申請し続けることがおすすめです。
アーティスト・イン・レジデンス(AIR)
レジデンス施設で滞在クリエーションをじっくり行うことも一つの選択肢です。以下の二つのAIR事業例は審査制で補助内容も異なります。世事から離れてクリエーションだけに集中する贅沢な環境ですが、旅費が自己負担になる場合は座組の規模によっては金銭的負担も大きく、他の仕事をしながら日々の稽古に励む実演家にとってはなかなかハードルが高いことも。
○城崎国際アートセンター「アーティスト・イン・レジデンス」
○穂の国とよはし芸術劇場PLAT「ダンス・レジデンス」
発表するための場所
「発表するための場所」=「劇場」ではない、ということははじめに断っておきたいと思います。その上で効率的に(かつ法律に則って)観客を収容し、作品において舞台芸術の様々な技術や、舞台公演という歴史的形式を活かして公演するためには劇場以上に整えられた場所はありません。そのような舞台芸術にとって至れり尽くせりな環境が本当に自分たちの作品に必要なのか問うてみることが出発点です。劇場という場所についての深堀りは実演家にとって避けては通れぬ大事な問題だと思いますが、この記事ではひとまず劇場を探すための基本的なポイントを洗い出してみたいと思います。
必要な要件を確かめる
求める場所の要件を洗い出すところから場所探しが始まります。ざっとですが以下列挙してみます。これも要件となり得る項目の一例で、挙げればキリがありません。ですから優先順位をつけて考えていくことが必要です。ちなみに活動歴の浅い団体によくある失敗として、施設利用料を優先して劇場を選んだ結果、照明音響機材をほぼ持ち込みしなければならなかったり、フリースペースで客席を仮設することになり、結果的に予算が多くかかってしまうなどの事例をよく見聞きします。予算だけでなく思わぬ使用上のハードルの高さなどを見極めるためにも、劇場選びの際にはテクニカルスタッフに意見を求めることも大事です。
場所の立地(最寄駅はどこか、最寄駅からのアクセスはどうか)
舞台の上演環境(ブラックボックス・ホワイトキューブ・その他スペース※カフェやギャラリー、多用途スペースなど)
観客収容人数
舞台面の広さ
劇場利用料
照明・音響機材、舞台資材の有無(設備環境も含む※使用可能な電源の総容量や照明のつり込みバトンの有無など)
客席の勾配(床面のアクトが客席からどの程度見えるか)
楽屋の広さ
場所のイメージ
必要要件に見合う施設を探す
まず重要なのは自分たちの志向に近しい上演形態をとるアーティストや団体の動向をチェックして、どのような場所が使用されているのか日頃からアンテナを立てていることです。場所にはその場所の観客がいますし、独自の人的ネットワークが築かれています。この場所に行けばこんな作品に出会えるかもしれない。一昔前に比べると稀薄ではあるものの、多少なり観客の意識はそのように働いていると思います。
データベースを頼りにする場合、お勧めは公演情報サイトにあたることです。例えば「CoRich舞台芸術」などは公演事業者が自ら情報をアップすることで情報の鮮度が高いです。同サイトでは、任意の所在地や座席数などで劇場を絞り込んで公演を検索する機能があります。これを使用して上演会場がずらっと並ぶとおおよその選択肢が見えてくるというわけです。そこから絞り込んで劇場のホームページなどを検索する。ちなみに劇場データベースとしてはLaSensが運営する「小劇場データベース」もあります。
会場の借り方
民間の多くの貸館は審査不要で契約することができます(一部例外もあります)。一方で公共劇場の場合、いわゆる「創造型」と言われる劇場の多くは単なる貸館ではなく、主催公演、提携公演、共催公演で年間の公演ラインナップを構成します。主催公演は劇場自らプロデュースする公演なので、劇場が主催者となり予算も劇場が拠出します。一方で提携公演の主催者は上演団体ですが、大抵利用料は発生せず、提携料として入場料収入を歩合で納めたり、所定の提携料を劇場に納めます。主催公演はそれなりの実績や動員力を有する団体でなければほぼ可能性はありませんが、提携公演の場合はもう少しハードルが下がります(劇場にもよりけりです)。提携公演は劇場側の担当者が上演団体に声を掛けて決まることが多いのですが、企画書を劇場に送って営業してみれば、上演機会に繋がる可能性も無きにしも非ずです。各劇場の担当者も数多ある都内の上演を網羅しているわけではありません。
その他、劇場以外の場所の借り方や使い方となると、ケースバイケースでここには事例を書ききることが出来ないので割愛しますが、基本的に、公共スペースであれば自治体の所管部署に利用申請し、民間スペースであれば所有者と交渉して利用許可を得るということに尽きます。
「発表する場所」はもちろん、「創る場所」も作品に大きく影響を及ぼします。公民館、ブラックボックス、はたまた屋外、その場所ごとの制約だけでなく、場所の雰囲気のようなものに無意識に関係を結ばざるを得ません。安いから、近いから、物理的な条件だけでなく、「場所の効果」を考えてみると、場所選びは一層悩ましくも、作品の可能性を拡げる実効的方法の模索だったりします。最初は無手勝流がおススメと言ったのはそのためです。制作の立場だと、どうしても様々な効率を優先して考えてしまうのがジレンマですが、様々な条件のクリアを前向きに捉えて場所探しを楽しむことができればそれだけでどんどんクリエイティブになるし、もう怖いもの無しだと思います(言うは易しですが)。
(林 慶一)
執筆者プロフィール
林 慶一 [制作者]
2006年より小劇場die pratzeにスタッフとして参加。「小屋番さん」をやりながら、2005年~2015年は絶叫行為をテーマにしたパフォーマンス活動を展開。2012年より「ダンスがみたい!」実行委員会代表。同年、d-倉庫 制作。アーツカウンシル東京 平成29年度アーツアカデミー事業 調査研究員(舞踊分野)。他、2019年「放課後ダイバーシティ・ダンス」、2021年「未来の踊りのためのプログラム」、2023年「かつてなく自由にダンスを名乗るための煙が立つ会」の企画。2022年よりフリーランスに転向。