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完璧な親はいないし、子どもは自分の未来を切り開く力を持っている

私はお金が大好きです。お金のことを考えるのも大好きです。

40年を超える人生の中で、きっと人よりもかなり多くの時間を、お金について考えることに使ってきたと思っています。

私が運営するブログ名は、

お金とともに

お金とともに~おかねと楽しく向き合い豊かで自由な人生を目指すブログ~


良くも悪くも、お金とともに歩いてきた私の人生。

完璧な親も子どももいない。

今日は、そんなことを考えながら、ちょっと昔の私を振り返ってみたいと思います。


「お金」というのは、私にとっては子どもの頃からずっと「自由」の象徴でした。

私の母は、子どもが社会人になるまでは全責任が自分たち親にあると、人一倍強く思っている人でした。

子どもを産んだからには、責任を持って子どもを一人前の自立した人間に育てなければならない。

また、いちど成人した子どもには、自分の責任の範囲で自由に生きる権利があり、余計な口出しは一切したくないと考えている人でもありました。

そのため、自分が面倒をみている子どもの間に、何とかちゃんとした大人に育てようと必死だったのだと思います。

母の真意はわかりませんが、子どもの私が母から受け取ってきた最重要キーワードは「自己責任」と「自立」でした。


私の名前には「自由」を意味する漢字が使われています。

母子手帳には、名づけについてこう書かれていました。

(命名のこと)
何物にも何事にも拘束されずに自由に生きて欲しい。
自分の意思に忠実に、責任を持って自由に向かってはばたけ!
そんな意味で”○○”と名付けた。

子どもに対して、とても愛のある両親です。

けれど、私にとっての子供時代は、とても「自由」とは言えない環境でした。

昔も今も変わりなく優しい父のことは大好きでしたが、しつけに厳しい母のことは本当に大嫌いでした。

当然反抗期はすさまじく、あまり覚えていませんが相当ひどい言葉を母に向かって口にしていたと思います。


子どもの頃の記憶が少ない私ですが、恨みのように大人になっても覚えている母の言葉があります。

✔お金はあるけど買わない
✔自分で働いて自立するまで自由はない

両親は、私が子どもの頃から「普通ならこんな話、子どもにしないよね」というようなお金についての話を、普通にしてくる人たちでした。

子どもが何かをねだったとき、「お金がないからダメよ」というのは親の常套句ですが、私の母はある意味子どもに対して誠実で、お金があるのにないとはけして言わない人でした。

「お金はあるけど買わない」

そんなことを小学生中学生の時に言われても納得できず、大人になってからも、ウソでも「お金がないから」って言ってくれてた方がまだよかったのに…とさえ思っていたほど、この言葉が私は大嫌いでした。


そして私がもっとも嫌いだった母の言葉。

「自分で働いて自立するまで自由はない」

自由に生きてほしいと願いを込めて名付けられた私が、子どもの頃は母の価値観で決めた様々な制約の中で、とても窮屈な思いで生きてきました。

自分で稼げるようになるまで自由はないのだと絶望しながら、いつもいつも不満をぶつけ、母にはたくさんの暴言を吐いてきました。

けどこれは私の被害妄想です。

反論したり、暴言を吐いて反抗を許される時点で、相当な愛情がありますよね。

確かに厳しい母ではあったけれど、ちゃんと愛はありけして毒親ではありません。

そしてほとんどの母の言葉は、大人になって考えれば理解できるものでした。

ただちょっと残念なのは、子ども自身の価値観に対する共感がほとんどなかったこと。

けれど、反抗期のひどかった私をけして見捨てることもなく、最後まで親の愛情をかけて育ててくれたことに、とても感謝しています。


30代を超えたところで、「お金と幸せ」について学び始めた私は、お金との向き合い方について、子どもに対するお金の教育について、ある方に相談にのっていただく機会に恵まれました。

私は今も昔もお金が大好きです。

けれど「好き」にもいろいろ種類があります。

恋愛で表すと、昔の私が持っていたお金に対する感情は、完全にストーカーでした。

「お金がなければ自由になれない」

そんな思いから、私は自分の手元にやってきたお金が自分から離れていかないようにと必死だったんです。


私は母のような子育ては絶対にしたくないと思っていたし、そして自分のようにお金に対するあまりにも大きな執着を、自分の子どもには絶対引き継がせたくなかった。

自分の子どもたちに、どのようにお金と関わらせ、どのように声がけしたら良いのか?

そんなことを相談させていただき、たくさんのアドバイスをいただきましたが、その中のある言葉に私は涙が止まらなくなりました。


試行錯誤


この「試行錯誤」という言葉が、お話の中に何度も登場しました。

ご自身にも高校生の娘さんがおり、いつも試行錯誤しながら育てていると……

その方は紙の書籍を2冊も出している方であり、経済的自由も手に入れられているすごい方です。

そんな人が今もなお、お子さんの教育において試行錯誤している。


あぁ。

こんなすごい人でもそういうんだから、何者でもない、当時まだ若かった私の母が、完璧な子育てなんてできるわけなかったよね。

母なりに私のしあわせを思い、一生懸命試行錯誤してくれていたんだな。

それが腑に落ちた途端に、私のお金への執着も、母へのまだちょっぴり残っていた恨みつらみも、すべて流されていった気がしました。

このとき相談に乗って下さった方が、いま私が投資を学んでいる先生です。


母は自分なりに、一生懸命に試行錯誤してくれていた。

そんなふうに昔を振り返ってみると、私が大嫌いだった言葉のうらに、また別の言葉が隠れていたことを思い出しました。

「お金はあるけど買わない」

この言葉のあとには「私たちにはお金に縛られない未来をつくる夢がある」「お金には限りがあり、お金は大事なものに使うと決めている」「老後にあなたたちにお金のことで迷惑をかけたくないから」といった言葉が必ずくっついていました。

母は、自分たち夫婦の夢とお金に対する向き合い方を、一生懸命に伝えてくれていたんです。

けれど母の言葉をいつも否定的に捉えていた私は、「お金はあるけど買わない」

この言葉だけを、自分の都合よく切り取って記憶していました。


「自分で働いて自立するまで自由はない」

そしてこの言葉の真意を、2年ほど前に母に直接確認してみました。

すると母の答えは、

「そんなこと、私だって言いたくなかったわよ! でも大きくなったあんたが、どこまでもどこまでも追い詰めてきた。だから最後に残された親の権限として、そういわざるを得なかったのよ」(要約です)

この母の言葉をどう思われるかはわかりませんが、私としては納得でした。

「私こそ正しい!」と自分の正義感を振りかざす性格だった私は、さぞかし「ああいえば、こういう」で、母を逃げ道の無いところまでどこまでも追い詰めただろうなと思います。

そんなことなどすっかりと忘れて、母のこの言葉だけを、私はまたしても自分の都合よく被害者意識で記憶していたのだと、ようやく気付くことができました。


子どもの頃は厳しかった母ですが、私が社会人になったと同時にあっさりと私に自由をくれました。

「自由と責任はセットだから。これからは自分の責任で、好きなように自由に生きていきなさい。」

今まで門限にもうるさかった母が、私が夜中に帰ろうが朝帰りしようが何も言わなくなりました。

親の立場からしたら、とても心配だっただろうと思います。

わかりやすく表現するならば、母はこのときを境に母親ではなく「かわいいね、かわいいね」と、ただ優しく見守ってくれるおばあちゃんのような存在になったんです。


私の母は、誰よりも自分の信念を強く持っている人。

私からするとその信念がすべて正しいとは思えないし、子育てについてもまったくマネしたいとは思いません。

むしろ母とは正反対の子育てをしているくらいですが、それでも母は「自分の子育ては大成功だった」と、いつも自信満々です。

それは、私と姉がいましあわせに暮らしているからです。

姉も私とは別の苦悩を子どもの頃から抱えていたため、母が満足そうに「私の子育ては大成功!」と笑顔で語るたびに、「いやいやいや…」と姉妹で言いたくなるのが本音です(笑)

けれど誰がどう思おうが、子どもがどう思おうが、母からするといま私たちが幸せに暮らしているということで、すべてが大成功なんですよね。


いま40代の私は、今までの人生の大半をお金のストーカーとして強い執着を持って生きてきました。

私は高校を卒業し結婚するまでの6年間で700万円を貯めており、年代別平均貯蓄額を20代30代40代と、今まで一度も下回ったことがありません。

人よりも十分にお金を持っていたにも関わらず、いつも「お金がない」が口ぐせで、将来が不安で仕方ない、お金に縛られた人生を送ってきました。


けれど今は、まっすぐにお金と楽しく向き合うことができています。

そうなるためには「happy money」のお金の流れに自ら入っていくこと。

自分の財布の中のお金がいつも笑っていられるように、お金を受け取るときも、お金を送り出すときも「ありがとう」と感謝の気持ちでお金と接すること。

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(イラスト💛koharuさん)


「お金がなければ自由になれない」

そんなふうに子どもの頃からずっと思い込んでいた私でしたが、今では自分の未来にも希望を持てるようになりました。

母の子育てが私にとって完璧ではなかったように、私の子育てもよかれと思ってしたことが、子どもにどんな影響を及ぼすかわかりません。

同じ親に育てられても、私はお金と自由に飢え、姉は母の愛情に飢えて育ちました。

母が私たち姉妹に語り続けた「自己責任」と「自立」についての教えを、反抗し続けた私と違い、自分の人生に大きく反映させてきた姉は、私とは比べ物にならないほどの生きづらさを抱えていました。

どちらも生きていく上でとても大切なことではありますが、それも行き過ぎると毒になってしまうんですよね。


子どもは親からいくつもの「禁止のお札」を貼られて育ちますが、親子であっても価値観は当然ちがう。

親から貼られた「禁止のお札」は、子どもにとっては「世の中の正解」と同列な存在のため、それに逆らうことは本当に勇気のいることです。

けれどいま、私も姉も、自分には合わない「禁止のお札」を1枚1枚剥がして手放していっているところです。

そしていま、今度は私が自分の子どもに「禁止のお札」をいくつも貼り付けている。

そんな中でも、親は自分のできる範囲で試行錯誤していくしかないし、子どもは子どもで自分で未来を切り開く力を持っていると、私は信じています。


最近、こちらの絵本を知り購入して読みました。

「かんぺきなこども」として、わくわくこどもストアで買われマカロン夫妻のこどもとなったピエール。

なかなか言うことをきかない子供たちについイライラしてしまう私ですが、いつも完璧なピエールの言動をみて、こんなにも切なくなってしまうのはなぜでしょうか?

そもそも完璧ってなんなのか?

完璧な親もいないし、完璧な子どももいない。

子どもに完璧を求める前に、まず自分はどうなのかと問いかけることは大切ですが、絵本で読むとまたズシっと響いてくるものがありました。

そして子どもだけではなく、自分の親にも完璧を求めてしまう自分がいたと改めて気づかされた1冊でした。

私の子どもが親になった時にも読ませたい、いつもお守り代わりに持っておきたいオススメの1冊です♪



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(イラスト提供💛しちさん)

今日のイラストは、しちさんにご提供いただきました。

「お金に関するイラスト」として、大事に育てた(増やしたりした)お金に想いを乗せて、旅立っていってもらう、旅立ったお金たちは旅立った先で、その想いを乗せて立派に育っていくといいよね。という、「おいこらざっくりすぎるだろ!」とも言える一枚です。

しちさんが描いてくださったイラストは、happy Moneyの流れにいることをとても見事に表現されています。

旅立っていくお金(コイン)の上に、それぞれ種が乗っているところに本当に感動しました。

自分のところから笑顔でお金を送り出すことで、そのお金はhappy moneyとなり、その先々で多くの人をhappyにしてくれるんだろうな♡

しちさん、本当にありがとうございました!


とても素敵なイラストを描いてくれたしちさんが…

なんと、私の大好きなシンガーソングライターダレワタさんとコラボされていました!


チャンネル登録しているダレワタさんのチャンネルで、このMVを発見。

そこに、しちさんのイラストが突然出てきてビックリ。

「ん?んん??これは…」と…、目を大きく見開いてみてしまいました(笑)

大好きなおふたりのコラボ作品に出会えて、本当に幸せです。


ダレワタさんと、しちさんのコラボ作品「虹」

ぜひご覧になってみてくださいね♬



最後までお読みいただき、ありがとうございました。















いただいたサポートは、夢の実現のために使わせていただきます 私の夢は 日本全国の学校・図書館に、漫画『宇宙兄弟』を寄贈すること https://note.com/arigatou_happy/n/n4b0d2854718c 一歩一歩かぺる(頑張る)しかない!(2023.3.21)