渡逢 遥

詩、短編小説、エッセイなど ▪星空文庫 https://slib.net/a/241…

渡逢 遥

詩、短編小説、エッセイなど ▪星空文庫 https://slib.net/a/24134/ ▪Twitter https://twitter.com/halca_watarai?s=09

最近の記事

帰る場所

名前がなければ、帰る場所もない少女がいた。 少女はただの一語も言葉を知らなかった。だから会話ができなかったし、名づけるという行為もできなかった。 少女はいつも笑顔だった。歳を一つとると、笑顔の種類が一つ増えた。少女は笑顔を使い分けるのに苦労した。 少女にとって、愛するとは思い出すことだった。意識的に思い出すことだった。 少女は、死ぬ直前にようやく、自分を愛することを覚えた。それまで少女は周囲を愛するのに夢中で、ただの一度も、自分を

    • INVISIBLE

      起きたら、失明していた。 ああ俺もついに盲になっちまったか、と声に出さずに独りごちた。清々した気分だ。 目が死んだとなると、生活で不自由することが多いだろう。だがそれも今となってはどうでもよかった。もう生活することはないから。 このまま餓死を待つだけだ。 俺は回想する。俺は本が好きだった。本という存在が好きだった。本を読むことは別に好きではなかった。疲れるし、すぐに忘れてしまうから。ポルトガルの偉大な散文詩人は言う、「本というのは夢への

      • "Love" kills us

        何も愛さずにいるということが人間には許されている。 (ジョルジュ・バタイユ『魔法使いの弟子』酒井健訳) 愛するものを殺せるか、と書いた詩人がいた。 俺はどうだろうか、愛する人に殺して欲しいと訴えられたら、それに応じることが出来るだろうか。 嫌怨する人間を殺すのと愛する人間を殺すのとでは訳が違う。嫌怨する人間に殺してくれと言われたら、法律という障害がなければ、俺は直ちに実行に移すだろう、犯罪がなければ犯罪者は生まれないから。 愛するものを殺せる

        • 狂気

          踏切の前で、中年の男二人が揉み合いになっている。それぞれ、A、Bとしよう。私はホームのベンチに座りながら、二人の喧嘩を見ていた。 あれでは通行の邪魔ではないか。通報しようかと思ったが、家に携帯を忘れたことに気づいた。 尚も揉み合いを続けている二人のまわりに人だかりが形成された。不安や心配の表情をしている人が見受けられるが、大抵は迷惑そうにしている。その野次馬の中に一人、携帯を向けている女子高生がいた。動画を撮っているのだろうか。動画を撮るのではなく通報

          悪意

          男はそこそこ広い公園のベンチに腰掛け、図書館で借りた本を読んでいたが、第一章も終わらぬうちに眠気を催し、微睡んでいた。 春の穏やかな気候が緩やかに心身をあたためていく。眠くなるのも無理はない。 視覚を使わないとそれ以外の感覚が鋭くなるのか、公園に植わっている梅の花の香りや、風の戦ぐ音、鳩の鳴き声、子供のはしゃぎ声などを些か強く感覚する。 眠気がおさまり、ゆっくりと目を開く。 ゆっくりと顔を上げると、目の前に老人が立っていた。距離が異様

          2021

          日記から抜粋していきます。 ◾︎1月 自分の痛みを忘れるということは、受容能力、共感能力を損なうということだ。(2021.1.3) もうこの世にいない人の言葉というのはこんなにも胸に浸透するものなのか。(2021.1.5) 何かが解体されていく様子というのは、崩壊していく様子というのは、なぜ物憂いのだろう。(2021.1.8) 欲が、目標があってこその人生なら、欲も目標もない人間はどうしたらいいのだろう。(2021.1.10) どこにいても自分を異物のように感じる

          消費

          「他人を散々消費しておいて、自分は消費されたくないって?利用されたくないって?随分と都合がいいねえ、はは。笑わせんなよ」 私は、誰を相手に話しているのかわからなかった。だが、そんなことはどうでもいいことのように思えた。私は何かに取り憑かれたように、いつからこうしているのか覚えていないが、ある種の呪詛を吐きつづけていた。 「大体な、人間ってのは、生まれた瞬間から消費されてんだよ。消費されない人間なんかいないんだよ。俺たちはな、俺たちの世界をいいように消費してるんだよ。そうい

          泡沫のさよなら

          身を投げようとしたら、腕を掴まれた。知らない人だ。 僕たちは、河川敷の方まで歩きながら話をした。欄干の上に立っていた僕は、どうやら笑っていたらしい。さぞかし不気味だったろう。 僕は、自分が憶えている記憶を、訊かれてもいないのに、ひとつ言った。ひとつしか言えなかった。それが相手には、幸せな印象を与えたようだ。 「幸せそうなのに、どうして死にたがってるの?」 「きみは、死にたい人を見て、幸せじゃないから死にたいんだろうなって、そう思うの?」

          泡沫のさよなら

          枯花畑

          わたしは、生れてこのかた、くすんだ色の花しかみたことがありません。それは、わたしの目にふれると、たちまち凋んでしまうからです。わたしは、それが自分が関わっている現象だとは露知らず、花というものは、みんなそのような黝んだ色なのだと思っていました。ですから、あざやかな彩りの花々を図鑑でみたときは、それはたいへんに驚きました。と同時に、実際にまだそのような花々に一度として出会っていないことが、不思議でなりませんでした。 わたしの描く花の画は、かたちこそ違えど、色合

          かりそめの温もりを

          「もういっぺん言ってみろ」 恵子はもう、父の目を見ることが出来なかった。打たれた方の頬をひっきりなしにさすっていた。 ああ、私はただ、歩み寄って欲しかっただけなのに。「どうして」と、非難ではなく、傾聴の、対話の調子で訊いて欲しかっただけなのに。それだけなのに。 「だから、生まれたくなかった」恵子は俯きながら、先ほどした回答を繰り返した。 その瞬間、また平手打ちが飛んできた。今度は、もう片方の頬に。父の瞳孔がふたたび大きく開き、凄まじい剣

          かりそめの温もりを

          月光と魔術

          ちりばめられた月光を辿ると、そこにはちいさな丸太小屋がありました。 あらゆる音は夜のベールに吸収されてしまったのか、あたりは森閑としていて、それが一層、この小屋の物寂しさを際立たせているかのようでした。 最早、何の気配も感じません。 少女は心細さと不吉な予感に足が竦んでいましたが、意を決して玄関の扉を叩きました。「ごめんください、ごめんください。どなたか、いらっしゃいませんか」 然し、返事はありません。それで、もう一度繰り返しました。「どなたか、いらっしゃいませんか」

          月光と魔術

          うまれなおし

          私は、生れた時から言葉を知っていた。自分の事はよく知らないのに、何故か言葉だけは知っていた。話そうと思えば話せた。でも黙っていた。生れるなり流暢に言葉を操る姿を見せれば、両親は腰を抜かしてしまうと思ったし、気味悪がられると思ったからだ。だから私は、適当な年齢の時に適当な事をしようと、それも生れるなり、ものの数秒で決断をくだしたのだった。 保育園は退屈だった。退屈しのぎに私は夢想に耽るようになった。頭の中で、ひたすら非日常を思い描いていた。あまりに自分の世界に閉じこもっている

          うまれなおし

          2020

          年の瀬、いかがお過ごしでしょうか。 今日は一年の中でも特に意味をもった25日らしいですが、私は今年も意味のない過ごし方をしました。 なんの脈絡もありませんが、暇を持て余しているので今年の総ざらいでもします。いや、いつにも増して壮絶な一年でしたね。それでは1月から。 ▪1月 1月は最後の方にバイトを辞めました。20ヶ月続いたバイトでした。自分にしては、よく続いた方だと思います。いろいろとありましたが、いい職場でした。 ▪2月 17日。友人と池袋で一年以上ぶりに会いま

          歩く

          「死ぬのに理由って、必要?」 いつかきみが、そんなことを口にしたのを覚えている。 「わたしはべつに、なくてもいいんじゃないかなって思うんだあ。あってもなくても、いいんじゃないかなって」 「・・・死にたいのか?」 「もう、いまそんな話してないよ。死にたいとか死にたくないとか、自殺は善いか悪いかとか、そんなことじゃなくて、死ぬのに理由はなくちゃいけないのか、それともあってもなくてもいいんじゃないか、ってことを訊いてるの」 見当違いの返事をしたことが気に障ったのか、

          去来(自由律俳句)

          今にも死にそうな人で溢れた午後だ 太陽に暗い顔照らされて際立つ暗さ 煙草の吸殻の如く意気消沈している そこで躓いたのはおれだけみたいだ なんでもない景色が死にたくさせる なにもできないまま空見上げている うなだれた花の真似して俯いていた 立ち止まるおれを追い越していく烏 ゆくあてもないまま歩き続けている つまらないものに救われ続けている ゲーテの一文にも満たない人生だな 等級の低い星ばかり見つめてしまう 二度と明けるなと夜に毒づいている 二度と来

          去来(自由律俳句)

          追憶の廃墟

          やあ、久しぶり。・・・・っていっても、いるはずないよな。 気配がしただけさ。ああ、また見えただけだよ。あの日々の残像みたいなやつがさ。 茹だるような暑さ、晴天を満たす蝉時雨、花と草木が綯い交ぜになった夏の匂い。八月半ばの昼下がり、僕はもう随分昔に出た高校を目指して一人で歩いていた。 道中、想いを馳せる事柄は数え切れないほどあった。想いを馳せるといっても今となっては新鮮なことじゃない。ここを自転車で走っていたときのハンドルを握る掌の感触

          追憶の廃墟