INVISIBLE

    起きたら、失明していた。
ああ俺もついに盲になっちまったか、と声に出さずに独りごちた。清々した気分だ。
    目が死んだとなると、生活で不自由することが多いだろう。だがそれも今となってはどうでもよかった。もう生活することはないから。
    このまま餓死を待つだけだ。


    俺は回想する。俺は本が好きだった。本という存在が好きだった。本を読むことは別に好きではなかった。疲れるし、すぐに忘れてしまうから。ポルトガルの偉大な散文詩人は言う、「本というのは夢への導入だ。ところが、日常ごく自然に夢と交わることができる人間にとって、そんな導入は必要ない」。


    言葉に嫌気が差してきた頃、俺を慰めてくれたのは絵画だった。生憎俺には絵描きの才はなかったが、俺は様々な画家、そして絵画を深く愛した。画というのは言葉なき夢想の表出だ。それは閉じられた世界で、完成されていて、言葉の付け入る隙はない。とりわけ俺が愛したのはレオン・ボンヴァンという画家だった。


    目が死んだ今、もう本を読むことも絵画を観ることもできない。昨日と同じ愛し方で愛することができない。思うことで歪めてしまうなら忘れてしまった方が増しだ。「私は視覚がとても好きだ。それがなければ本が読めない、世界を見ることができない」。自殺した編集者の言葉を思い出す。視覚なき世界は愛するに値するだろうか。
    想像しただけでも耐えられなかった。俺はそんな世界を、人生を生きることなどできない。そんな世界は愛するに値しない。無駄を愛することができる人は幸せだ。それを嘲笑する人間は全員死ねばいい。


    想像が現実になったらそれが俺の最期だ、と腹は括っていた。餓死は自殺の範疇に入るのだろうか、と俺はこの期に及んでとりとめのないことを声に出さずに呟いて、虚空を仰ぎ、笑った。


#短編小説

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