吉川宏志

短歌を作っています。歌集『青蟬』『石蓮花』など。

吉川宏志

短歌を作っています。歌集『青蟬』『石蓮花』など。

最近の記事

柳宣宏歌集『丈六』書評

柳宣宏さんが亡くなったと聞いた。突然の死であったという。 あまりお会いする機会は無かったけれど、たしか明治神宮の短歌大会のときに、しばらくじっくりとお話ししたことを覚えている。 穏やかで優しい微笑が印象的な方であった。 砂子屋書房のHPで、私の歌集についていただいたことも、とてもありがたいことだった。 また、鳥居さんの『キリンの子』が出版された直後に書かれた文章は、柳さんの誠実な人柄がとてもよく表れているものだったと思う。 2020年の確か7月号の「現代短歌新聞」に掲載さ

    • 篠弘の社会詠

      篠弘さんが2022年12月12日に亡くなられた。 「歌壇」2021年4月号で、『戦争と歌人たち』という篠さんの著作についてインタビューしたのは、貴重な経験だった。そのときはまだお元気で、しみじみと心に残るお話をお聞きすることができた。前衛短歌の時代のことなどを、もっと語っていただきたいと思っていたのだが、こんなに急に亡くなられてしまうとは、ほんとうに寂しく、残念でたまらない。ご冥福をお祈りいたします。 「短歌往来」2017年11月号に執筆した「篠弘の社会詠」という文章をアップ

      • 講演「落合直文『萩之家歌集』をいきいきと読む

        角川「短歌」2022年3月号で「生誕160年 落合直文」特集が組まれ、読売新聞(2022年5月19日)にも「落合直文 再び注目」というかなり大きな記事が出ました。 以下は、2019年に、直文の生誕地である宮城県気仙沼市で行われた、第33回落合直文全国短歌大会で行った講演録です。 私もこのときに初めて本格的に落合直文の歌を読み、そのおもしろさや現代に通じる新しさに驚かされたのでした。 『萩之家歌集』は、落合直文が亡くなってから出版された歌集です・直文が、萩の花が好きだったことか

        • 冬道麻子歌集『梅花藻』

          冬道麻子さんの新歌集『梅花藻』について、ある会で話をしました。 だいたいの内容を記録しておきます。 冬道麻子さんは、20代の頃から、筋ジストロフィーという難病のために、ずっと病床から動けない生活を送られてきました。33歳のときに第一歌集『遠きはばたき』(1984年)を出され、『梅花藻』が第5歌集になります。 歌の題材は、自分の部屋のまわりにあるものが中心になります。 作品を読んでいきましょう。 こそばゆき顔のあたりよ雉鳩が歩みおるらん仰臥の屋根を 屋根の上を雉鳩が歩く、

        柳宣宏歌集『丈六』書評

          島田修三『秋隣小曲集』

          島田修三さんの『秋隣小曲集』について、ある会で話しました。以下はその概要です。ブックガイドになれば幸いです。 ============================= ほの暗き厨の壁の吊り棚に徳用マッチはずんと在りたりき 昭和のころには、存在感の豊かな物が多くありました。「徳用マッチ」の大きな箱や、そのざらざらした側面が思い出されます。 しかし今は、着火マンなどができて、不用な物になってしまいました。だから、どこか寂しい。 こうした懐かしい物、忘れがたい物を描いて、歌

          島田修三『秋隣小曲集』

          俵万智『未来のサイズ』

          俵万智さんの『未来のサイズ』について、ある会で話しました。 以下は、だいたいの内容です。 手洗いを丁寧にする歌多し泡いっぱいの新聞歌壇 コロナ禍に関する歌が、新聞歌壇に数多く投稿されるようになり、選歌する立場で歌われている一首と言えるでしょう。実際に掲載されるときには、同じような発想の歌は落とされることになるのですが、応募の段階では、非常にたくさんの手洗いの歌が集まっているのだと思います。多少うんざりする気持ちもあるんじゃないかと推察するのですが、「泡いっぱいの」と明るく

          俵万智『未来のサイズ』

          鴇田智哉『エレメンツ』

          鴇田智哉さんは、1969年生まれで私と同じ齢であり、不思議な縁で、もう20年くらい前からか、ときどきお会いすることがある。 最近、第3句集『エレメンツ』を出された。 私は、俳句については全くの素人だが、感想を少し書いておきたい。 太陽が蠅の生まれてからもある 句集の中で最も驚いた句。内容的には、全く当たり前のことである。しかし、言葉として表現されたとき、じつに奇妙な印象を受ける。なぜ、そんな奇妙さが生まれるのか、いろいろと考えてしまう。〈時間〉というのは、人間が言葉によっ

          鴇田智哉『エレメンツ』

          カン・ハンナ歌集『まだまだです』書評

          カン・ハンナさんの歌集『まだまだです』が、第21回現代短歌新人賞を受賞されたとのこと。大きな賞です。おめでとうございます。 2020年角川「短歌」4月号に書いた書評をアップします。お祝いの一つになればと思います。 ===================== 書評  カン・ハンナ歌集『まだまだです』  ご存じのとおり、カン・ハンナは韓国人であり、日本語を学んで短歌を作るようになった。『まだまだです』には、言葉を知ることで世界の見え方が変わっていく体験が、とてもみずみずし

          カン・ハンナ歌集『まだまだです』書評

          小林真代歌集『Turf(ターフ)』

          小林真代さんの第一歌集『Turf(ターフ)』(青磁社)が出た。 小林さんは、福島県いわき市に住む歌人である。以前から、自由で伸び伸びとした発想の歌が注目され、平成22年度のNHK全国短歌大会では、「初めての試合は小林VS小林うちの子は負けたはうの小林」が大賞を受賞している。 その後、家の工事などをする職人という立場から、東日本大震災を描いた連作「雨降り松」で、平成25年に第3回塔新人賞を受賞している。しっかりとした描写力とともに、柔軟なリズム感があり、歌がいきいきしている。こ

          小林真代歌集『Turf(ターフ)』

          『大東亜戦争歌集』抄③ 91~135

          91 泣きやめてわが軍服のぼたんをばたぐさにとりし子ろし思ほゆ 花田榊 ※「たぐさにとりし」は、手でいじった、といった意味。出征前に、幼い子どもが軍服のボタンをいじっていた姿を、遠い戦地で思い出しているのである。やや古風だが、哀切な一首である。 92 石臼の底に墨擦り亡き戦友(とも)の弔辞をわれは書き綴り居る 濱中喜好 ※上の句の具体的な表現により、作者の姿がありありと見えてくる。墨はあったが、硯はないという戦場の不便さがよくわかる。戦地で弔辞を読んで、葬儀をすることも

          『大東亜戦争歌集』抄③ 91~135

          『大東亜戦争歌集』抄② 46~90

          46 基地近く徐徐に高度を下げたれば南の国の暑さとなれる 黒田善作 ※空高く飛んでいたときは寒かったのだが、着陸する頃になると、非常に暑くなってくる。たとえばサイパンのあたりの基地だろう。パイロットでないと気づきにくい、ユニークな視点で詠んでいる。 47 匪賊らはつひに見つからず朝よりの興奮をしづめ弾丸をぬきとる 小池健一 ※抵抗する集団を、掃討しているのである。「弾丸(たま、と読むのだろう)をぬきとる」という具体的な行為で終わるところがよい。言葉にはしていないけれど、

          『大東亜戦争歌集』抄② 46~90

          『大東亜戦争歌集』抄① 1~45

          戦後75年の今年、『大東亜戦争歌集』(日本文学報国会編)という一冊を、古書店で入手し、ずっと読んでいました。1943年9月に刊行されたもので、兵士や従軍看護師などの2060名が詠んだ歌、3398首が収められています。佐佐木信綱、窪田空穂、太田水穂、北原白秋、斎藤茂吉、土屋文明などの有名歌人が監修・監督として名を連ね、実際の編集は高木一夫、谷鼎、早川幾忠、福田栄一、鹿児島壽蔵などが中心になって行ったようです。 基本的に、作者名をアイウエオ順にして並べています。ただ、「井上」な

          『大東亜戦争歌集』抄① 1~45

          国文社『現代歌人文庫 岡井隆歌集』を読む

          岡井隆さんが7月10日に亡くなりました。とても寂しく思います。 ある会で、岡井さんの歌について話しました。岡井さんの歌はかなり難解で、初めのうちはなかなか読み方が分からないのではないかと思います(私はそうでした)。自分がどのように岡井隆の歌を読んでいったか、ということを、率直に語ってみました。何かの参考になればと思い、ここに挙げておきます。 ============================== 私が20歳前のことですが、短歌の先輩から岡井隆の歌を読みなさい、と言わ

          国文社『現代歌人文庫 岡井隆歌集』を読む

          金子兜太・鶴見和子『米寿快談』書評

          2006年、共同通信に書いたものだったと思います。新聞に書評を書くのは初めてだったので、すごく緊張して書いた記憶があります。対談の本を、短いスペースで紹介するのは難しいですね。含蓄のある言葉を、なんとか拾えているという感じでしょうか。 ===========================  俳人の金子兜太と、社会学者であり歌集も刊行している鶴見和子が、自在に語り合った一冊である。鶴見は、重病にかかったとき、短歌が体の底からこみ上げるように生まれてきたという。そのため、病

          金子兜太・鶴見和子『米寿快談』書評

          『篠弘全歌集』書評

          2006年の「短歌新聞」に書いた書評だったはず。8月号か9月号だと思います。全歌集の書評を、短いスペースで書くのは、もともと無理があるのですが、苦しんで書いた記憶があります。篠弘さんの歌は好きで、会社に勤めていると、すごく共鳴するときがありますね。 ================================  サラリーマン短歌の多くは、組織に生きるつらさを諧謔的に詠む。つまり、歌う姿勢が受身なのだ。しかし篠弘の仕事の歌はそこが大きく違う。一言で言えば、組織の中で人間

          『篠弘全歌集』書評

          中野昭子『森岡貞香の世界』書評

          2006年に書いたものです。初出は忘れてしまいました。森岡貞香の歌は私もとても好きで、書評にしては、ちょっと力が入りすぎているところがある文章ですね。身体論のところは、結構面白いのではないかと思います。 ===============================  『白蛾』は、読者に不思議な衝撃を与える歌集である。 拒みがたきわが少年の愛のしぐさ頤に手触り来その父のごと      「少年」 くるしむ白蛾ひんぱんにそりかへり貝殻投げしごとし畳に       「女身」  

          中野昭子『森岡貞香の世界』書評