金子兜太・鶴見和子『米寿快談』書評

2006年、共同通信に書いたものだったと思います。新聞に書評を書くのは初めてだったので、すごく緊張して書いた記憶があります。対談の本を、短いスペースで紹介するのは難しいですね。含蓄のある言葉を、なんとか拾えているという感じでしょうか。

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 俳人の金子兜太と、社会学者であり歌集も刊行している鶴見和子が、自在に語り合った一冊である。鶴見は、重病にかかったとき、短歌が体の底からこみ上げるように生まれてきたという。そのため、病気で言葉を失うことなく、生き延びることができた。その経験を通して、詩歌の言葉が身体に根ざしていることを実感する。なぜ詩歌の言葉には、身体を生かす不思議な力があるのか。それがこの対談の最も大きなテーマだろう。
 俳句には、型があり、間(ま)がある。鶴見はそこに踊り(日本舞踊)と共通するものを見る。踊りでは、型をはずれて自分勝手に踊っても、創造性は生まれてこない。俳句も、理屈でつくるのではなく、型を体で演じることが重要なのだ、と言う。
 また金子兜太は、季語を共有することによって、自然の事物を共有することの大切さを語っている。芭蕉の「山路来て何やらゆかし菫草」では、「すみれ」という言葉だけで句をつくるのではなく、スミレという自然をじっくりと見つめようとする姿勢がうかがえる。言葉を通して自然の実体に触れることで、「真の共感をつかむ」ことができるのだと、兜太は言う。
そうした俳句の感性は、万物に精霊を認めるアニミズムを源流としており、現在のエコロジーにつながるものであると、二人は高く評価している。鶴見和子の歌に、
逸早(いちはや)く気圧の配置感知する痺(しび)れし脚は我が気象台
という一首がある。天候の変化によって身体が痛むことを詠んだ歌だが、「脚は我が気象台」という表現が大変おもしろい。このように、自分の身体と大きな自然がつながっていることを、直観的な言葉でとらえることが、現代では大きな意味を持つのだろう。詩歌で表現することで、病んだときに私たちはどのように生きればいいのかが見えてくるのである。
 「病気になると、死が近くなると、命は輝いてくるのよ。〔……〕日々が命でつながるのよ。」という鶴見和子の言葉が鮮烈な印象を残す。

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