『大東亜戦争歌集』抄② 46~90

46
基地近く徐徐に高度を下げたれば南の国の暑さとなれる
黒田善作

※空高く飛んでいたときは寒かったのだが、着陸する頃になると、非常に暑くなってくる。たとえばサイパンのあたりの基地だろう。パイロットでないと気づきにくい、ユニークな視点で詠んでいる。

47
匪賊らはつひに見つからず朝よりの興奮をしづめ弾丸をぬきとる
小池健一

※抵抗する集団を、掃討しているのである。「弾丸(たま、と読むのだろう)をぬきとる」という具体的な行為で終わるところがよい。言葉にはしていないけれど、興奮が残り、指が震えるような感じもあったのではないか。

48
草の穂をとりて手に揉み喰(くら)ひつつこのひもじさに敵と対へり
公家裕

※日本軍の食糧事情の悪さは知られているが、当時の歌にはあまり描かれていない。この歌は数少ない例外の一つである。こんなに飢えながら敵と戦うしかないのか、というひそかな怒りがひそんでいるように感じる。上の句の細かい動作の描写にもリアリティーがある。

49
脳内の留弾を一つ剔出して窓辺は既に日暮れとなりぬ
小松三郎

※軍医の歌も珍しい。下の句から長い手術だったことが分かる。淡々と詠まれているが、凄惨な状況だったのであろう。

50
弾著の正しくなりくる敵弾が意識にありて湿地を駈けぬ
坂本勉

※敵の弾丸が、だんだん近くに当たり始めた、という危機感。「意識にありて」が不思議な表現である。意識が恐怖に占められてしまっては動けなくなるのだろう。だから、恐れる感情を抑えつけつつ、湿地を走ってゆく。結句に躍動感がある。

51
生芋に生命やしなひ敵兵も三日守りしかこの壕の中
佐々木恒由

※敵も、乏しい食糧しかない中で、三日も守りきったことに、敬意を感じている。自分たちも、食糧がわずかであったからこそ、生まれてきた感慨であろう。「生芋」の切れ端などが壕に残っていたのだろうか。

52
全機無事帰還の報あり通風孔に耳を澄せば爆音聞ゆ
故 佐藤完一

※空母に乗っていた人らしい。船の中で作業をしているので、実際に帰ってくる戦闘機を見ることはできない。しかし、通風孔から飛行機のエンジン音を聞きつつ、無事を喜んでいるのである。

53
刃向ひくる敵兵(てき)のむないた突きさせば拝むが如く身をくづしたり
佐藤啓造

※敵兵を実際に殺す場面を詠んだ歌は多くない。この歌はおそらく銃剣で刺した瞬間を詠んでいるのだろう。「拝むが如く」という比喩が非常になまなましい。上半身が前に倒れてくる様子なのだと思う。何度読んでも恐ろしい一首である。

54
冷凍の烏賊たづさへし連絡兵草押し分けて雨の中を来ぬ
佐藤謙

※戦場の何でもない一場面を詠んでいるが、不思議なおもしろさがある。「冷凍の烏賊」に、何とも言えない存在感があるのだ。「たづさへし」「押し分けて」という動詞の使い方も工夫している。

55
タラツプゆ降りし刹那に地下足袋の底透すまで地は灼けてゐぬ
澤田亮

※飛行機で、サイゴンの基地に降り立った場面らしい。「地下足袋」で飛行機に乗っていたのだなあ、と少し驚く。「底透す」は「底通す」が正しい表記なのだろうが、「透」を使うことで、薄い足袋の底から伝わる地熱が感じられるので、これで良いのではないだろうか。

56
遺棄死体の負へる袋は小麦粉なり爆撃にあひてあたりに散れる
島田欽一

※遺棄死体は、戦闘が終わった後、回収できずに残っている兵の死体。補給部隊だったのか、小麦粉が飛び散っているというのがとても具体的で、一面に白い地面に血も流れている様子が目に浮かんでくる。

57
深度〇〇米を敵海に潜ぎゆき油手のまま握飯を食ふ
杉本敏樹

※「○○米」は、軍の検閲により、数字が伏せられているのである。潜水艦がどれだけ深く潜れるかも、軍事機密の一つなのだった。下の句の「油手のまま」という描写がいい。もちろん機械の油だろう。忙しいし、洗う水も乏しく、汚れた手で、握り飯を食べるしかない。潜水艦の内部の過酷な状況がうかがわれる。

58
動員令来りしを校長に告げしまま教室に帰り授業続けぬ
鈴木凞一

※教員であった作者のところにも赤紙が届いたのだ。ショックはあっただろうが、動揺を抑えて、授業を続けている。勤務する学校への離れがたい思いが、静かに流れている一首である。

59
みんな同じ心の直ぐに笑ひとなりいつか単純な兵となりきる
鈴木金彌

※個別的な心が失われ、軍隊として一体化してしまい、皆が同じように笑うような状態になっていく。「いつか単純な兵となりきる」に鋭い批判がある。こうした歌が載せられているのは珍しい。一見、明るい感じの歌なので、批評性が見逃されたのかもしれない。現在でもしばしば論じられる「同調圧力」について考えさせられる一首である。

60
茜さす鱗雲見ゆその高さ六千なりと戦友は言ひ張る
鈴木荘泰

※「戦友」は「とも」と読むのだろう。飛行機乗りで、空に詳しくて、「あの鱗雲の高さは6000メートルなんや」と言い張って譲らない。いきいきとした姿が描かれており、それを包み込む夕焼けの光も美しい。

61
わが名をば九官鳥に覚えさすと熱心にをしふる戦盲の兵
鈴木藤助

※悲しいユーモアのにじむ歌である。どうしようもない絶望の中で、「熱心」になれるものを見つけるしかない兵士の姿が詠まれている。

62
その岸辺いまだ芽吹かぬ河跡湖に国二つ境ひ春逝くらむか
鈴木英夫

※戦争で大陸に渡り、広大な風景を初めて見た兵も多かったであろう。湖のほとりに国二つが寄り合っているというところ、じつにスケールが大きい。「河跡湖」という言葉に、悠久の感じがある。「いまだ芽吹かぬ」のに「春逝くらむか」というところがやや分かりにくいが、暦の上では五月ごろなのに、寒い土地なのでまだ木々は芽吹いていない、ということなのだろうか。

63
肩の傷おのづと庇ふ横臥に藁の蒲団の傾きにけり
関昌壽

※「横臥」は「よこぶし」と読むのだろうか。傷が痛くて、仰向けには寝られないのである。「藁の蒲団」からも、物資のない苦しい軍隊生活の様子が伝わってくる。「傾きにけり」という即物的な結句には、孤独な思いもこめられているだろう。

64
戦のことには触れず楊柳の芽ぶきそめしを母には告げむ
園山喬三

※母が心配しないよう、戦地の風景だけを手紙に書いているのである。「楊柳の芽ぶき」に早春の美しさがあり、風景が明るければ明るいほど、悲しみが心に満ちてくる感じがする。

65
かへり来し戦友が行李の日記帳死の前日に空白となれり
竹内光男

※「戦友」は「とも」と読む。「死の前日に空白」になったところに、いろいろなことを感じさせる象徴性がある。おそらく前日から戦闘が激しくなり、日記を書けなくなったのだろうが、それ以上のものを空白が語っているように感じるのである。

66
秋たちて羊歯ひたゆるる峡ふかく野田の醤油を兵負ひゆけり
高木八郎

※千葉県野田市にはキッコーマンなどの醤油醸造所がある。戦地を行軍している情景であるが、「野田の醤油」を背負っている、というのが何ともおもしろい。やはり醤油にはこだわりがあったのだろうか。上の句の自然描写は美しく、そこから生活感たっぷりな「野田の醤油」が出てくるところに、意外性がある。

67
列中にわれをさがして遂にかもさがし得ざりし妻のかなしも
田川清美

※出征する夫の見送りに来たのに、人が多すぎて、見つけることができなかったのである。後で手紙で妻に詫びられたのだろうか。もう二度と会えないかもしれず、妻にとっては非常に悔やまれることだったに違いない。「遂(つい)にかも」という古風な言葉に、哀感がこもる。「かなしも」は「悲しも」であり「愛しも」でもある。自分のことを深く想ってくれる妻への愛情がにじんでいる。

68
銃弾を避けて身を伏す草むらに時計の刻む音静かなり
高橋豊

※隠れている兵を探すために、敵の銃の音が収まり、辺りが急に静まりかえったのだろう。時計の音だけが聞こえてくるという表現から、緊迫感と危機感が鮮やかに伝わってくる。非常にシンプルな一首だが、生と死の境目が見えるような感じがする。

69
傷つきし友の手当を急ぎ終へて血にまみれたる弾を分け合ふ
滝口文吾

※友が傷つき、これ以上戦えなくなったので、友の銃弾をもらって、仲間と分け合っている場面だろう。それだけ銃弾も不足していたのだと思う。下の句がとてもなまなましく、銃弾がなければ生き残れない戦場の過酷さが身に迫ってくる。

70
国境線といふは一面草地にて雁など群れて和やかに見ゆ
竹内央臣

※国境線を巡って戦争は起きる。しかし、現地に行ってみると、そこには何もなく、のどかな風景が広がっているだけだったりする。何のために自分たちは戦っているのか――そんな疑問が浮かんできたに違いない。けれどもそれは言葉にはできず、平和に鳥が遊んでいる風景を、ただ眺めるしかなかったのであろう。

71
寝返りをうつ兵ありてわが顔に砂くづれ落つ狭き壕のうち
谷口友

※顔に砂が落ちてくるというのは、想像するだけでも、嫌な感覚である。先に眠ってしまった兵に苦情を言うわけにもいかず、悶々としている。作者は寝られないわけで、じつに苦しい夜である。戦闘以外でも、戦争は本当につらいものだと、しみじみ思う。

72
敵兵が屯したりし樹の下にこぼれし籾は青青と萌ゆ
田村忠雄

※敵兵を倒し、彼らが生活していたところを歩いている。籾から青々と芽が出ているのを見て、ふとあわれさを感じたのであろう。かつての敵にも生活があったことを感じ、自分たちが倒したとはいえ、悲しみを覚えることもあったのだろうと思う。

73
手榴弾たたきつくれば一面に木の葉舞ひ立ち敵は斃れぬ
三國一聲

※「一面に木の葉舞ひ立ち」が劇画のような表現で、スリリングなおもしろさがある。好戦的な歌といえようが、こうした歌が残っていることも重要なのではないだろうか。

74
棒杭に鉛筆なめつつひたむきに死馬の墓標を兵は書き居り
御旅屋長一

※軍馬も、生死をともにする友ともいえる存在であった。「棒杭」から、粗末な墓標しか作れない悲しさが伝わるし、「鉛筆なめつつ」という動作からも、素朴な優しさを持って生きている兵士の姿が見えてくる感じがする。

75
今し機は戦友の自爆せる空ゆくと煙草捧げて雲の峯越ゆ
磨田甚造

※「戦友」は「とも」と読む。友が死んだ空域を通過しつつ、煙草を一本、雲に投げてゆく。センチメンタルでかっこいい、いかにも飛行機乗りの歌という感じがする。結句の「雲の峯越ゆ」もじつにスケールが大きく、青空と白雲の鮮やかな色彩が目に浮かぶ。

76
燃料零われ引返し自爆すと僚機の無電を後席に受く
戸島惣輔

※燃料がなくなり、助かろうともせず、敵に最後の自爆攻撃をしようとする兵士が凄まじい。それを、無線でただ聞いているしかない作者の悲痛な思いがにじんでいる。「後席」という一語にも、何もできない無力感が象徴されているように思う。

77
斃(たふ)るるも声立てず死ねと言渡され鉄舟に我等が移乗せんとす
富岡浩

※「鉄舟」は「ふね」と読むのだろう。小型の軍用ボートだろうか。上の句の上官の命令が非情である。しかし、そんな命令にも黙々と従わねばならない。「移乗せんとす」という硬質な結句から、ひりひりとした緊張感が伝わってくる。

78
左手が蟹のはさみに似てゐると言はるることに慣れて来にけり
島田文雄

※おそらく、指を2、3本失ったのである。一見、童話のような雰囲気で歌われているが、よく考えるととても怖い歌である。他人からそのように「言はるる」ことの残酷さ、そして諦めて受け入れるしかない虚しさが感じられ、心に重く残ってゆく一首である。

79
戦場に残れる敵の屍(しかばね)に高粱殻をかけ火をつけにけり
鳥塚仁

※中国の戦線だったのだろう。事実だけを感情を入れずに歌っているが、静かな哀感が残る歌である。「高粱殻」が味わい深い。敵の兵は、高粱などを食べて生きてきた人であろう。それを高粱殻によって焼き、埋葬する。そのときに、もう敵ではなく、一人の人間という感覚が蘇ってきたのではないだろうか。

80
ひとくちの水残すべし水筒にわれの死水と言ふにはあらず
中野義吉

※今後の戦いに備え、水を少しだけ残しておく。もしかしたら、これが自分の死に水になるのではないか、という不吉な予感が生じ、すぐに打ち消すのだが、やはり心に一抹の不安が残る。戦場での兵士の揺れ動く心理を、繊細に捉えた一首といえよう。

81
君が死をわれに告げしは君が延(ひ)きし電話線なり悲しくもあるか
中村學二

※戦場で、電話線を工事をする兵士もいたのである。運命の皮肉を嘆く作者の思いが、率直に歌われており、哀切である。「悲しくもあるか」は、近代短歌でしばしば用いられる語法で、強い詠嘆を表す。

82
傷つきて何を詫ぶるぞ一人の兵われを捉へてしきりに詫ぶる
故 中村正雄

※誰が悪いわけでもないのに、傷ついた兵が詫びているという場面。「われを捉へて」がつらく、誰でもいいから詫びずにはいられない心理があるのである。傷を負うのは自分が悪い、という「自己責任」的な認識が、軍隊の中でも広がっていたのだろうか。現在の日本でも、被害者が詫びるという風潮は存在し、非常に考えさせられる一首である。

83
縞蛇を喰ひてし猛けるわが号令(こゑ)の百米はとどくなるべし
中山富久他

※食糧難なので、蛇まで食べるという悲惨な状態なのだが、もう自棄(やけ)になっていて、蛇を食べたからエネルギー一杯で、声は100メートル先まで届くぞ、と歌っている。黒い笑いが広がる一首である。本当にひどい状態になると、人間は笑うしかなくなるのかもしれない。

84
敵居らずと笑ひながら兵隊はうつぼかづらをさげて帰りぬ
永井良太

※食虫植物の「うつぼかづら」が、目を惹く一首である。東南アジアに多い植物らしいので、その方面に展開していた軍なのであろう。ジャングルに敵を探しに行って、日本にはないうつぼかずらを見つけて帰ってきた。戦争の中でも、そんな平穏な一日はあった。

85
深き渦に巻き込まるる如き身のだるさ立ちながら眠る我等も馬も
南雲伸一

※上の句の比喩が実感的。馬は立ちながら眠るのは普通のようだが、人間も一緒に立って眠っているというところに、哀しい味わいがある。

86
船窓に重傷の友をすがらせていま見えきたる故国をしめす
奏良長壽

※ドラマの一場面のような歌である。やや典型的といえるかもしれないが、「すがらせて」に傷の深さが感じられ、やはり記憶に残したい歌である。何とか生きて帰ってこられた感慨が「しめす」の一語にこもる。

87
二回目の立哨に仰ぐ真夜の空北斗大きく位置を替へたり
仁志義夫

※一晩に2回、見張りをするわけである。1回目から何時間か過ぎて、北斗七星の位置を大きく変わっている。苦しい戦場の中で、美をとらえている歌で、夜空の大きさも伝わってくる。

88
住民の通敵するは処刑すと口伝(くでん)なさしめわが夜を寝ず
野村泰三

※占領地で、住民が敵に情報を流した場合、死刑にすると、口頭で命令を伝えたのである。恐ろしい命令により、住民が殺されるかもしれない。自分の言葉の責任の重さを思い、夜も寝られなかったのだろう。現在の目からすれば罪悪ともいえる命令であるが、そのときは軍を守るためにしかたがなかったことでもあろう。考えさせられる歌である。そして、非情な命令の背後にも、悩んだ人間がいたことを教えてくれる。

89
生還は出来ざるわれと思へども死に行く兵の遺言を聴く
野村忠男

※自分もいつかは戦死するだろうと思っているけれど、先に死んでゆく戦友の遺言はしっかり聴かなければならない。簡潔に詠まれているが、生と死の境の希薄さと、言葉を伝えねばならないという使命感がひしひしと感じられる。

90
にぎりゐて暖くなれる手榴弾そのまま交代の兵に渡すも
初鹿野誠

※上の句の具体性がとても良くて、兵士同士の無言の心のつながりが感じられる歌である。生死を共にしているために、兵士たちには深い信頼感があったことも確かであろう。

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