旅行記 | 東京から和歌山。小説の舞台を巡る、女のひとり旅 ~完~
帰りの特急くろしおの発車時刻は13:26。三段壁を後にした時点でまだ時間には余裕があった。そこで私は、歩いて数分の千畳敷にもう一度立ち寄ろうと思った。
時間には余裕があるといいながら、今にも雨になりそうな空に心が急いて落ち着かない。三段壁洞窟で買った記念写真を手に持ったまま歩き始めてしまった。
記念写真はQRコードからダウンロードもできる。せっかくなので歩きながらデータを取得。その場で画像を知人へ送った。
画像を送信するとすぐに反応をくれた知人。「パンダ買ったの?!」と驚く。いや、買ったのは写真。紛らわしい。
そんなやり取りをしながら、温泉宿の並ぶ道沿いを歩く。次はあの宿に泊まってみたいなと想像するけど、ここは和歌山。そう気軽に来られる場所ではない。
しばらく行くと白い砂浜が見えてきた。どうやら千畳敷の入り口に気づかず、だいぶ距離を歩いてしまったらしい。仕方なく千畳敷は諦めることにして、次の目的地までのバスを待つことにした。
雨が降り始めた。
最後の目的地は『とれとれ市場』。
小説の中で、ここは人気スポットということで描いていたけど、実際盛況だった。
ここで主人公はソフトクリームを食べる。今回私は食べなかったけれど、事前に調べていた場所にちゃんとソフトクリームの売り場があってほっとした。
架空の場所を織り交ぜて書いていても、ある程度実在の地名を使っていると、それなりに緊張が生じる。
実在の地名をつかうか、モデルに留めて架空を装うか最後まで悩んだ。
だけど昔、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』を読んだときに、自分がそのとき住んでいる場所(静岡市)が舞台になっていて、とてもわくわくしたのを思い出して、今回挑戦することにした。欲を言えばあと一日、じっくり街中を見て回る時間が欲しかったけれど、限られた時間の中では諦めも必要。
誰かに読んで貰える可能性があるかないかもわからない小説に、かなり情熱をかけているけど、この過程こそが楽しい。今の時点で、書いた小説もこの旅も宝物になった。
とれとれ市場を出て白浜駅へ向かう。雨は本降りになった。
特急くろしおに乗り込む前の改札に、昨日の切符トラブルに対応してくれた駅員の姿があった。
改札を通る際、切符にスタンプを押して貰うほんの一瞬、お互い顔を覚えているので、何となく他の人よりは一秒くらい長めの会釈をした気がした。
くろしおから新幹線に乗り継いで、東京へ戻る。
途中、名古屋で、大きなスーツケースを押しながら若い女性が乗ってきた。
女性はチケットを見ながら行ったり来たりしたあと、私の列の並びにいた女性に声をかけた。どうやら座っていた女性が、前後で席を間違えていたらしい。結局、席を交換する形で、スーツケースの女性は私の斜め前に座った。
それからしばらく、私はnoteを読んだり、音楽を聞いていたのだけど、途中、何気なく斜め前の女性を見ると、彼女が泣いていることに気づいた。
タオルハンカチで何度も目元を押さえる。時々座席のシートに後頭部を預けて、拭いもせずに涙を流す。
そんな彼女がなんだか美しくて、私は聞いていた音楽を今の彼女にぴったりなものに変えた。
泣いている女性をまるでミュージック・ビデオの主人公のようにしてしまって申し訳なかったけれど、とてもドラマチックだったのだ。
その時の状況を20字小説にしたら物議を醸した。なぜか怖がる人が続出。(コメント欄参照)
怖がりついでに新しく物語も生まれてしまった。
飛躍しすぎて大混乱。これは一体……
なんのはなしですか?
というより、この現象は「なんのはなしです化」だ。
綺麗に旅の最後をまとめたかったのに、noteで巻き起こっている一大ブームがそうはさせない。
それから、ずっと言いたかったけど言えなかった読者のために自ら言っておく。
〝自分で書いた小説の舞台を巡るって、ちょっとイカれてるんじゃないか?〟
そもそも、その小説って、なんのはなしですか。
では本当に旅を締めくくります。
こちら、『青 tabi』 のエンディングテーマです(笑)↓
これを最後に聞いていただくと、地球規模の旅をしたような気分になり、めちゃくちゃ恥ずかしくなります。おすすめです。
※Salyuさんと楽曲は最高に素晴らしいです。
[完]