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創作大賞2024 | ソウアイの星⑩

《最初から 《前回の話


(十三)

 翌日になっても、わたしは昨夜の疲れを引きずっていた。ルナと揉めるのは体力も精神力も相当疲弊する。それでも気合を入れて昼にははなに電話をかけ、偶然朔也さくやに会えたことを報告した。華はわたしが話している間、ずっと相槌を打っているだけだった。だけど最後には「ありがとう」と言った。
「朔也くん、流香るかちゃんに会えてほっとしたと思うし、きっと手術に前向きになれたと思う」
 だって、と華は躊躇いがちに言った。
「ライブのセットリスト決めるときだって、いつも朔也くんは流香ちゃんがどう反応するかを想像してるって言ってた」
「え」
「羨ましい話だよ。ちょっと嫉妬するくらい。それくらい、朔也くんにとっていつも見守ってくれてる流香ちゃんの存在は大きいんだよ」
 実はね、と続ける華の言葉を、わたしは黙って聞いた。
「わたしね、二人は恋人関係になるものだと思ってた。そうなってもおかしくないくらい、通じ合ってるように見えたから。だけど、そうならなかったんだよね。というか、流香ちゃんが距離をとった」
 わたしはまだ黙っていた。
「それは結果的にバンドにとって良かったし、多分あの頃の朔也くんにとっても良かったんだよ。繊細な朔也くんがバンド活動に専念できたことで今があるわけだから、流香ちゃんの判断は間違ってなかったと思う。今もいい関係が続いてることがその証だし。マネージャーの立場からも、すごく感謝してる」
 わたしは、どう言えばいいのかわからなくて、ただ相槌を打ってその場をやり過ごした。
「年明け八日だって。朔也くんの手術。その後は様子を見ながら……。ね、いづれ退院祝いしようね。また四人で」
「そうだね」とわたしはやっと言った。
 それから少しだけ話して、じゃあ、と通話を切ろうとすると華が言った。
「良いお年を、流香ちゃん。きっと大丈夫だから、あんまり思い詰めないでね。きっと戻ってくるよ。一緒に祈ろうよ。わたしたち、CALETTeカレッテの一番のファンだよ。ファンの祈りって、絶対すごいんだから」
 華との会話が終わってすぐに、わたしはスマートフォンのスケジュールに朔也の手術日を登録した。
 
 (十四)

 それからは毎日、近所の神社に通って朔也の手術の成功を祈った。年末年始の神社は当然混み合い賑わっていたが、人が多い分、気分は落ち込まずにすんだ。
 口論になった日から二日間、ルナはわたしに話しかけてこなかった。この沈黙は、ルナ自身が気持ちを整理しているためなのだろう。ルナは当然、華との会話も聞いていただろうし、彼女なりに色々思うところがあるのだと思った。
 そうして、いよいよ年が明けるというそのとき。一人寂しくテレビの前に座り、年末の番組をただ目に映していたわたしの耳元で、二日ぶりにルナの声がした。
『ハッピーニューイヤー』
 囁くような声がくすぐったい。「やめてよ」と体をよじった。
「ルナ、新年あけましておめでとう。ねえ、出てきてよ」
 ルナはもったいぶってすぐには出てこなかった。だけどしばらくするといつもの調子で話しかけてきた。
『なんかさ。年々、夜ふかしが辛いんだ』
「そうだね、夜ふかししても特に良いこともないしね」
 ほんとほんと、とルナは言った。
『あたし、この二日間考えてたよ。いろんなこと』
 わたしは胸がつまる思いがした。なぜだか、ルナが悲しい話をするのではないかと不安になったのだ。
「新年明けて早々だからさ、あんまり不吉な話はやめてよね」
『え? ああ、そんなんじゃないよ』とルナはいつになくやさしく笑った。
『朔也くんの手術が終わって、退院祝いするじゃん? そしたら、また前みたいに四人で音楽堂に行こうよ。そこで、試しに朔也くんに歌ってもらうの。もし、朔也くんが良ければ、だけど』
 わたしは少し考えてみた。だけど、それがいい案なのかどうかわからなかった。
『CALETTeは元々、健くんと朔也くんの二人で路上ライブから始まったでしょ? もう一度思い出してもらいたい。まずは歌う楽しさとか。それにあそこは、前に奇跡が起こったところでもあるし』
 うん、とわたしは頷いて、華にも聞いてみるよと言った。
『そもそも、まだ手術も終わってないし、気が早い話だけどさ。なにか前向きに考えてないと、落ち着かなくて』
 わかるよ、とわたしはルナに言った。
「わたしもルナと同じ気持ち。なにか考えてないとね。希望がほしい。わたしは今まで、CALETTeに頼り過ぎてたと思う。これからは少し自立しなきゃ。朔也くんとバンドが新しいステージに向かうんだから、わたしもステップアップしないとね」
 そう言うと、ルナは半ば呆れながらも感心した様子で言った。
『さすが、真のファンだね。高め合ってる。そういう関係って、すごく羨ましい。なんでわたしは、単純に恋心なんて抱いちゃったんだろう。なんか悔しいよ』
 それを聞いたわたしは熱いものがこみ上げた。
「ちょっと待って。そんなの、朔也くんが魅力的だから当然起こり得ることだよ? 好きの方向が少し変わると、誰だってルナみたいな気持ちになるんだよ。たまたまわたしはファンという位置がものすごくしっくりきたタイプだから。むしろ珍しいのかも」
 ルナは、わたしの勢いに押されて『まあ、そうかもね』と言った。
「わたしはね、朔也くんが幸せで、これからも好きな活動を続けていけることを一番願ってるの。朔也くんが誰かと結婚して幸せならそれでもいい。それによってまた素敵なライブを見せてくれるなら、わたしは本当にそれがいい」
『相愛だから?』
「そう。朔也くんが自由で輝く姿を見ていたい。朔也くんが自由に羽ばたける空に、わたしはなりたい!」
『くっさ!』
 ルナが笑い転げている。わたしは真面目に言ったのに。
『真のファン、やば』
「まあね」
 わたしは得意げに言ったけど、顔は真っ赤だった。それを見てルナはまた笑った。
「これからも一緒にライブ行こうね」
 わたしはルナに言った。朔也をずっと見ていたい気持ちに負けないくらい、わたしはルナとこれからも一緒にいたかった。
『ライブね、まだ朔也くん次第だから、あんまり先走って期待しちゃいけないけどね』
 それもそっか、と言ってわたしはためていた息を静かに吐いた。だけど、きっと大丈夫。朔也は必ず戻ってくる。そんな、根拠のない自信があった。
 普段、人一倍勘が鈍く、何に対しても自信のないわたしだけど、CALETTeのことに関してだけは、堂々としていられた。
「楽しいね、推し活って」
 わたしは悦に入って推し活の素晴らしさを語り尽くしたい気分だった。
『そうね。あたしもこれからはちゃんと推し活するわ。今年の目標決まった! 恋より推し活!』
「ほんとに?」
 わたしとルナの絆は更に強くなっていた。




⑪へつづく


#創作大賞2024
#恋愛小説部門

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