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創作大賞2024 | ソウアイの星⑫

《最初から 《前回の話


 (十六)

 朔也さくやが退院するまでの二日間、わたしたちは何度もメッセージを送りあった。
 数年ぶりのこの頻繁なやり取りは、出会った頃に戻ったようで恥ずかしくもあり、懐かしい感覚を呼び起こした。
 この間、朔也もわたしも、友人としての距離感を大切にしながら接した。ルナも落ち着いていて、必要以上に朔也に話しかけることもなかった。穏やかな二日間だった。
 術後の痛みはほとんど無いらしく、手術から数日後には軽いハミングなどを試し、やがて声を発するようになったと、退院してからも朔也は度々わたしに報告をくれた。それでも、実際にわたしが声を聞く機会はなかったから、朔也の声がどのように生まれ変わったのかはわからなかった。わたしから訊ねることもなかった。そんな話をするにはまだ早すぎると思った。
 そうして段々と日常を取り戻した朔也とは、メッセージのやり取りの回数も減り、一ヶ月が経つ頃には以前のように、ファンとアーティストの関係に戻っていた。だけど、わたしはそれで良かった。

 CALETTeのライブの予定が無い日々は、やっぱり寂しかった。
それでも、耐えられないほどではなかった。いま彼らは活動を休んでいるだけで、またいつか、朔也の復活とともに動き出すことがわかっていたのだから。
 わたしは、たまに誘われてライブハウスに足を運んだ。CALETTe以外のアーティストの聞き慣れない曲を、ライブ会場の隅で不思議な気持ちで聞いた。こういうとき、わたしはふと、朔也がわたしのことを「一等星」と言ってくれたことを思い出した。今、隅っこでじっとステージを見つめるだけのわたしは、決して自ら光を放つことはない。だけど、これこそが本来のわたしなのだという自覚があった。そうして、自ら光を放つことのない自分に傷つくわけでもなく、なにか満たされないまま会場を後にするのだった。その度にCALETTeを、朔也の歌声を恋しく思った。

「朔也くん、やっぱり勘違いだったよ。わたしは自ら光を放つ一等星なんかじゃなかった。朔也くんの歌がないと、わたし自身が輝くことはないんだよ。わたしはただ、朔也くんの強い光を受け止めて、ステージに返していただけなのだから」
 
(十七)

 淡々と過ごす日々の中で、華とはたまに連絡を取っていた。
 朔也の手術から四ヶ月たった頃には〝ビッグニュース〟として華からメッセージがあった。
「なんと。今、新曲作ってるよ」
 流香ちゃんだけに極秘情報解禁、と華は言った。CALETTeが水面下で活動を始めたと知り、わたしの胸に暖かいものがこみ上げた。だけど完全に順調というわけではなく、術後四ヶ月経っても、未だ朔也が人前で歌うことはなかった。メンバーの前でも歌っていないという。
「新曲ね、朔也くんが作詞したの。それに健が曲つけてるとこ。めっちゃいい感じよ。きっとこれ聞いたら流香ちゃん、泣いちゃうと思う」
 その情報を聞いてるだけで泣けるよ、とわたしは返信した。
「来月あたり、四人で退院祝いしようか。朔也くん、日常会話はもう問題なさそうだから」
 いいね、とわたしは送って、いよいよ朔也に再会できる喜びに静かに胸を高鳴らせた。
 華とのやりとりの後、わたしから久々に朔也にメッセージを送ろうと思った。ただただ、嬉しいという気持ち、来月会えることが楽しみだということを伝えるために。
「朔也くん、久しぶり。さっきね、華ちゃんと話して、来月四人で会おうってことになったよ。朔也くんの退院祝い。まだ万全じゃないだろうと思うから無理はしないで。だけど、もし会えるなら嬉しいな。なに食べたい? リクエストあったら言ってね」
 わたしはこのメッセージを二度読み返して、送信した。

 そのあと、朔也から返信はなかった。
 前と同じで、既読マークはついたのにそれから数日待っても返事はなく、わたしはすっかり落ち込んでしまった。
 華に理由を訊ねても「気にしない方がいいよ、彼、気持ちに波あるから」と言う。
 返事をもらえないことは残念だったけれど、朔也が、健やバンドのメンバーとは普通に接していると聞いて少しは安心した。なにか、朔也がわたしに返信出来ない理由があるのかもしれないなどと、余計なことは思わないことにした。そもそも、わたしからのメッセージは必ずしも返事を要する内容ではなかった。
 既読マークは「読んだ」という印。それだけで十分なはずだ。わたしと朔也は一線を引いて付き合っているのだ。そう決めたのは誰でもなく、このわたしなのだから。
 わたしは華にメッセージを打った。
「退院祝い、やっぱりわたしは行くのやめておくね。これからまた少しずつCALETTeの活動が始まるなら、あんまり近づき過ぎるのも良くないな、と思って。わたしは、一ファンとして遠くで見ていたいからさ」
 華は、気にしすぎだよ、と言ってくれたけど、わたしの意思は硬かった。
『意固地になってる』
 ルナが言った。
『あたしは流香と違って、朔也くんに会いたい。新しい朔也くんの声を聞いてみたいし、新曲の進捗状況も訊きたい。友人兼、一ファンとして』
「わたしだってそのつもりだったの、わかってるでしょ。だけど、朔也くんの方から何らかの意思表示をされた気がするから、ここは身を引こうと思ったの。新曲づくりと喉の調整にナーバスになってる時期なのかもしれないし。わたし、朔也くんの音作りの邪魔だけはしたくないから」
 ルナはわざとなのか、大きくため息をついた。
 冷静に言葉を吐きながらも、わたしの心はひどく乱れていた。思いもよらない形で朔也から距離を取られた気がして、悔しさと寂しさを同時に味わっていた。
 慕っていた相手が、理由も告げずに離れて行く。この途轍もない喪失感を、かつてわたしは朔也にも経験させてしまったのだ。当時、わたしの勝手な理想のせいで、繊細な朔也にこんなに悲しい思いをさせていたことを思うと、申し訳なさでいっぱいになった。それなのに今回、プライベートで四人で会えるかもしれないと喜んだわたしを、なんて調子の良い人間だと、朔也は軽蔑したのかもしれない。
 この日、わたしの自己嫌悪はどんどん加速してとどまることを知らなかった。
「もうだめだ、ファン失格だ」
 わたしは家に帰り着くなり泣いた。
『そもそもファンに資格は要らないでしょ。もしかして流香、今更朔也くんに恋愛感情持ったんじゃない?』
「それはない……」
『意固地。頑固』
 わたしは堪らずベッドに潜り込んで、布団を頭からかぶると叫んだ。何度も何度も叫び、隣との壁が拳で三回以上叩かれても自分を抑えられなかった。そんなわたしを見て慌てるルナの声もかき消し、失意の中で叫び続けた。
 叫びたいだけ叫ぶと、次第に頭も心もすっきりしてきたのを感じて、わたしは被っていた布団をはねのけベッドから飛び起きた。
『びっくりしたぁ。ねえ、流香なにしてんの? ねえ! 狂ったの?』
 ルナの必死の声掛けを無視して、わたしはワンマイルウェアに着替えてスマートフォンを掴むと勢いよく家を飛び出した。



⑬へつづく


#創作大賞2024
#恋愛小説部門

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