あおきひび

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あおきひび

小説を読んだり書いたりする人。 noteでは主に読んだ本の感想を書いています。 記事を読んだ人が「自分もこの本を読んでみたい」と思えるような文章を目指しています。 小説置き場(カクヨム)→ https://kakuyomu.jp/users/nobelu_hibikito

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  • 読書記録

    読んだ本の感想をまとめています。

最近の記事

西の魔女が死んだ/梨木香歩 読書記録#38

 不登校の中学生「まい」は、「西の魔女」・英国人の祖母の家で暮らすことになりました。このおばあちゃんがまた不思議な魅力を持つ人物なのです。彼女を手伝って庭仕事をしたり、のんびりとくつろいだりしながら、まいとおばあちゃんとの生活はおだやかに続いていきます。  ごはんの味や土を踏む感触、風の匂いや温度……そうした生の実感というべきものを大切に、暮らしの姿が丁寧に綴られていきます。  そしておばあちゃんによる『魔女修行』。魔女になるには、まずは規則正しい生活が大切だそう。そして「

    • 本は読めないものだから心配するな/管啓次郎 読書記録#37

       本が読めない。苦しい。安心を得たくて、この本を手に取った。  しかしなぜ、「本は読めないもの」なのだろうか? 筆者は言う。本は冊数では測ることが出来ない。それよりも大きなテクストの流れを我々は読むのであり、それは動的な情報として押し寄せる。  一生かかっても読めない本がある。書店や図書館には膨大な本が並んでいるし、一度読んだとしてもその内容を忘れてしまうことだってあるから。質的にも量的にも、本を読むということは困難で、その道のりは果てしない。  それでも人は本を読む。

      • 江ノ島ねこもり食堂/名取佐和子 読書記録#36

         江ノ島に生きる女性たちの年代記。佐宗家の女性たち四代の人生を綴った、百年の物語です。  章の並び順が少し特殊で、時系列順ではなく最初に2000年代、次いで大正・昭和、そして2020年代へと進む構成になっています。  現代編の語り手・麻布の狭かった世界が、やがて大きく広がっていく。それはそのまま百年の歴史を紐解いてきた読者の体感でもあります。開かれていく、雄大な生の風景。それはまるで江ノ島の弁天橋から見た海のように。  そうした四代に渡る暮らしを変わらず見守るのが、島の猫

        • 文学フリマ東京38 読書感想文②

           こちらは2024年5月19日に開催されたイベント「文学フリマ東京38」で買った本の感想です。  各作者様に御礼申し上げます。素敵な作品をありがとうございました! バイロン本社/宮田秩早さん『幻想アジア吸血鬼譚集 夕牲歌』「ミアネ」オカワダアキナさん  ミアネとは韓国語で「ごめんなさい」を意味する言葉。沈没事故とアイドル学校、吸血が日常となった世界で、僕らは蹴落としあい喰らいあい「血を奪い合う」。  吸血はセックスとは違う。しかし、この現実社会におけるセックスと似た側面を

        西の魔女が死んだ/梨木香歩 読書記録#38

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        • 読書記録
          38本

        記事

          文学フリマ東京38 読書感想文①

           こちらは2024年5月19日に開催されたイベント「文学フリマ東京38」で買った本の感想です。  各作者様に御礼申し上げます。素敵な作品をありがとうございました! 海のまぼろし/みたかさん 『Insel』  各短編に共通するテーマは、「生きづらさ」、そして「海」。  海は圧倒的なまでに広く大きい。それは時として人を救い、また絶望させもする。そんな相反したイメージを巧みに利用して、仄暗さの中にわずかな希望のあるような物語を書く。それがみたかさんの作品の魅力だと感じています。

          文学フリマ東京38 読書感想文①

          天国旅行/三浦しをん 読書記録#35

           「心中」をテーマにした短編集です。生と死について独自の切り口を持った全7編が収録されています。  「心中」の1テーマだけでここまでひねれるのか! と驚きましたが、考えてみればそれも当たり前かもしれません。  なぜなら、心中は一人ではできないから。必ず二人以上の人間が絡んでくる、そこに関係性のドラマが生まれるのでしょう。  タイトルの「天国旅行」は、THE YELLOW MONKEYの同名楽曲から引用されたもの。  収録作の中では「星くずドライブ」が一番好きです。霊が見え

          天国旅行/三浦しをん 読書記録#35

          いのちの車窓から/星野源 読書記録#34

           星野源は不思議な人だ。  彼はミュージシャンであり俳優であり、文筆家でもある。エッセイ『いのちの車窓から』に綴られるのは、ヒット作の制作秘話や大物芸能人とのエピソードなどなど。  しかしただ煌びやかなだけではない。ここが魅力的だった。星野源は日常の風景を独自の視点から切り取って見せる。そこには少しのてらいもない。語り口は優しく、親しみ深い。  芸能人の話なら誰もが聞きたがる。でも、このエッセイは何かそれ以上のものを感じた。芸術家であると同時に市井の人でもあるかのような、星

          いのちの車窓から/星野源 読書記録#34

          ステップファザー・ステップ/宮部みゆき 読書記録#33

           私が初めて読んだ『ステップファザー・ステップ』は、児童文学レーベルの青い鳥文庫から発刊されたものでした。その当時からお気に入りで、定期的に読み返している一作です。  今回読んだ講談社文庫版は、青い鳥文庫版未収録の「ワンナイト・スタンド」を含む全7編構成となっています。  本作の好きなポイントは、第一にユーモラスな語り口。語り手である泥棒の「俺」の軽妙な台詞回しがクセになります。  登場人物たちもまた個性的で、双子(哲と直)は “気のふれたお神酒どっくりみたい” にそっくり

          ステップファザー・ステップ/宮部みゆき 読書記録#33

          八日目の蟬/角田光代 読書記録#32

           元恋人の赤ちゃんを誘拐してしまった希和子。そこから長い逃避行が始まります。「薫」と名づけられた少女は、「母」希和子からの決死の愛情を受けながら、すくすくと成長していく。東京から名古屋、小豆島へ。島で束の間の平穏な日々を過ごした後、ふたりの暮らしは突然終わりを迎えました。  物語後半では、成人した「薫」(=恵理菜)のその後が描かれます。彼女が過去と向き合い、思いを清算していった先には、思いがけない「光」がありました。  恵理菜という「八日目の蟬」は、疎外され、孤独を味わい

          八日目の蟬/角田光代 読書記録#32

          自分で考える勇気 カント哲学入門/御子柴善之 読書記録#31

           この本はカント哲学の入門書であり、それと同時に「自分で考える勇気を持つこと」について論じたものです。カントは「道徳的に生きることで、幸福になる」ことを最高善と呼び、そこに至るための思索を展開した、18世紀ドイツの哲学者です。  なぜ「自分で考える」ことに「勇気」が必要なのでしょうか。その理由として「それぞれの人が持つ先入観や、自分で考えることを危険視する権力・権威などが、それを妨げるから」といったことが挙げられていました。  それに加えて、「自分で考えるとは、自己自身を

          自分で考える勇気 カント哲学入門/御子柴善之 読書記録#31

          家出のすすめ/寺山修司 読書記録#30

           寺山修司はこう言いました。「家出」とは、家という暗い桎梏・制限を打破し、自我を獲得するための重要な手段だと。  家を捨て、母を捨て、血を捨て……そうして若者たちは個人として自立していくというのです。  本文は4章構成で、「家出のすすめ」「悪徳のすすめ」「反俗のすすめ」「自立のすすめ」に分かれています。  悪とは何かを問い直し、それを通じて新たなモラルを発見するための思索と行動。  科学的なものや合理性に反抗し、ときに苦い人生の味わい(恍惚と不安)をも受け入れることで、

          家出のすすめ/寺山修司 読書記録#30

          箱庭図書館/乙一 読書記録#29

           「物語を紡ぐ町」文善寺町を舞台とした、6つの短編小説が収録されています。それぞれの作品は独立した作品ながらも、ゆるやかに背景設定や登場人物を共有しています。  収録作の中で特に印象的だったのは、1作目の「小説家のつくり方」です。文庫版22ページと短いながらも、驚かされるトリックと絶妙な読み味が同居しています。乙一作品には、的確な構成の技術と抒情的な情景描写の両方があると思いました。  そして6作目の「ホワイト・ステップ」。雪積もる文善寺町で起きた小さな奇跡の物語です。1〜

          箱庭図書館/乙一 読書記録#29

          羊と鋼の森/宮下奈都 読書記録#28

           まず、タイトルに惹かれました。この小説はピアノ調律師が主人公のお話です。「羊と鋼の森」とは、つまりは「ピアノ」のことでした。  「羊」はピアノの弦を叩くハンマーの素材であるフェルトを指し、「鋼」はそのハンマーに叩かれて音色を鳴らす弦のことです。それらが組み合わさることで生まれるピアノの音色は、主人公にとって「森」と同義のものでした。  主人公(「外村くん」)が初めてピアノ調律の現場を目撃する冒頭のシーンは、彼に「森」の心象風景を呼び起こさせます。山育ちの外村くんは、小さいこ

          羊と鋼の森/宮下奈都 読書記録#28

          白河夜船/吉本ばなな 読書記録#27

           「眠り三部作」と題されたこの短編集。そこに共通するのは、「喪失と再生」のモチーフです。  死者を取り巻く生者たちの思い。故人が起こすある種の磁場の中で展開するストーリー。大きな喪失を抱えた登場人物たちは、その途方もない暗さと寂しさに打ちのめされます。  「白河夜船」では、近しい人を喪ったふたりの男女が恋仲になります。「夜と夜の旅人」では、恋人を亡くした従姉妹の喪失を、見つめ続ける「私」が描かれます。「ある体験」は、喪ったはずの旧い知人と超自然的な力で再会を果たす話です。

          白河夜船/吉本ばなな 読書記録#27

          傷を愛せるか 増補新版/宮地尚子 読書記録#26

           トラウマ研究の第一人者によるエッセイ集です。  学会や臨床の場における実体験や、書物やアートに触れた体験を通して、筆者が感じた「傷を愛すること」にまつわるいくつもの気づきが記されています。平易な言葉の中に深い洞察と医療への強い思いがあふれていて、かつ扱われるのは答えのない問いであり、解決不可能と思われるような人類の抱える課題です。それらを丹念に記述するその姿勢に、凄みすら感じるような一冊でした。  トラウマ、性被害、戦争体験、PTSD……。それらは医療や科学では癒すことが出

          傷を愛せるか 増補新版/宮地尚子 読書記録#26

          猫語の教科書/ポール・ギャリコ 読書記録#25

           ベテラン猫から子猫たちへ、そして全ての人間たちに贈る、「猫が人間をしつける方法」の指南書です。猫が家を乗っ取るために役立つテクニックが満載。特に、原題にもある「声なしのニャ―オ」は、人間をとりこにするとっておきの方法です。ネコの下僕たち必携の書!  ……という名目で書かれたこの本、作者は無類のネコ好きだったようです。一匹の猫の視点を通じてたっぷりと語られるのは、したたかで愛嬌があり、自立していて知恵のある、そんな猫の魅力です。  時には猫目線の人間評や風刺めいた描写もあり

          猫語の教科書/ポール・ギャリコ 読書記録#25