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八日目の蟬/角田光代 読書記録#32

 元恋人の赤ちゃんを誘拐してしまった希和子。そこから長い逃避行が始まります。「薫」と名づけられた少女は、「母」希和子からの決死の愛情を受けながら、すくすくと成長していく。東京から名古屋、小豆島へ。島で束の間の平穏な日々を過ごした後、ふたりの暮らしは突然終わりを迎えました。

 物語後半では、成人した「薫」(=恵理菜)のその後が描かれます。彼女が過去と向き合い、思いを清算していった先には、思いがけない「光」がありました。

「でもね、大人になってからこう思うようになった。ほかのどの蟬も七日で死んじゃうんだったら、べつにかなしくないかって。だってみんな同じだもん。なんでこんなに早く死ななきゃならないんだって疑うこともないじゃない。でも、もし、七日で死ぬって決まってるのに死ななかった蟬がいたとしたら、仲間はみんな死んじゃったのに自分だけ生き残っちゃったとしたら」三分の一ほど残ったビールを足元に流す。液体はかすかに音をたてて土にしみこんでいく。「そのほうがかなしいよね」
 千草はなんにも言わなかった。私はもう一度視線をあげて、闇に沈んだ木々に目を凝らす。夏に死ねなかった蟬が、息をひそめて幹にしがみついている気がした。生き残ってしまったことを悟られないよう、決して鳴かないよう声をひそめて。

p282-3

 恵理菜という「八日目の蟬」は、疎外され、孤独を味わい、明日のことさえ分からないまま。しかし「他の蟬には見られなかったものを見る」こととなります。
 息もつかせずラストまで走り抜ける展開。切ないながらも希望を感じさせる「母と子」の物語です。


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