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自分で考える勇気 カント哲学入門/御子柴善之 読書記録#31

 この本はカント哲学の入門書であり、それと同時に「自分で考える勇気を持つこと」について論じたものです。カントは「道徳的に生きることで、幸福になる」ことを最高善と呼び、そこに至るための思索を展開した、18世紀ドイツの哲学者です。

 なぜ「自分で考える」ことに「勇気」が必要なのでしょうか。その理由として「それぞれの人が持つ先入観や、自分で考えることを危険視する権力・権威などが、それを妨げるから」といったことが挙げられていました。

 それに加えて、「自分で考えるとは、自己自身をも疑うことであり、それは自分の日常を支えているものを揺るがし不安定にする。これは生きる手がかりを見失うことにつながりかねない」ということが述べられています。

 そのため、「自分で考える」ためには「強い意志」が必要になります。自分を例外化せず(≒「ズルいこと」をせず)、つねに普遍的な格率( “きまり” )に従って行動すること。内なる悪や欲望と闘いながら、常に自らを問い続けるための「強い意志」が問題にされています。

 カントの思想はさらに社会制度や国際法の分野まで広がっていきます。カントの著作『永遠平和のために』では、戦争を悪と断定し、これを永久に起こさないための必要条項について議論がなされています。

 カントの哲学は理想主義的に見えるかもしれません。しかし筆者である御子柴はこのように書いています。
「カントの思想は単なる理想主義ではなく、より日常的な事柄と結びついている。例えば人が「もっとよく」何かをしたいと思うのは、ごく一般的で日常的な心の動きだ。しかしそれは同時に「最もよい」ものへの関心であり、おのずと最高善へとつながる考え方である」と。

 カントは人間の「同時に義務である目的」として「自己の完全性」と「他者の幸福」を挙げています。これは壮大な目標であるように思えますが、実は私たちの日常生活にも関わることではないでしょうか。

 仕事でも、趣味でも、人間関係でも、「もっとよく」という思いを抱きながら、日々を生きること。
 目の前の他者を喜ばせることで、自分も少し嬉しくなるような瞬間。

 そういったことが、私たちの誰もが持つ〈善いこと〉への可能性である。そう考えると、何だか人生捨てたもんじゃないなという気持ちになりませんか。私はそう感じました。

 哲学書(入門書・新書を含む)を今まであまり読んでこなかったのですが、今回の読書体験は、困難ではあったものの、とても充実したものでした。また機会を見つけて挑戦してみたいです。


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