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文学フリマ東京38 読書感想文②

 こちらは2024年5月19日に開催されたイベント「文学フリマ東京38」で買った本の感想です。
 各作者様に御礼申し上げます。素敵な作品をありがとうございました!


バイロン本社/宮田秩早さん

『幻想アジア吸血鬼譚集 夕牲歌』

「ミアネ」オカワダアキナさん

 ミアネとは韓国語で「ごめんなさい」を意味する言葉。沈没事故とアイドル学校、吸血が日常となった世界で、僕らは蹴落としあい喰らいあい「血を奪い合う」。
 吸血はセックスとは違う。しかし、この現実社会におけるセックスと似た側面を持つ。すなわち、「正常な人の営み」としての。
 そこからずれていく「僕」は、社会の様相を批判的に眼差して語る。でも、きっと彼も寂しいのだ。だからミンヒョクの配信を見続け、彼が自分と同じであることを願い望んでいる。そんなことを思いました。社会派吸血鬼小説の傑作!

「血潮観音」壱岐津礼さん

 こ、怖い〜!! そしておどろおどろしい。まさしくジャパニーズホラー。
 三人称複数の視点で映像的に描かれる、忍び寄る怪異の恐怖。迫る波音と潮の匂いがありありと目に浮かびました。
 「みな長い髪をしている」村人たちの不気味さ。それがあのラストにつながると思うと、ただただ恐ろしい……。

「ラクササの果実」深夜さん

 やはり語りの形式が素晴らしいです。謎めいた、意図的に混線された語りが、まるでゆらめく影絵のような妖しさを醸し出します。
 「果実の味を知ってしまった」怪物(ラクササ)の辿る顛末。上質な怪異譚・妖怪譚でした。そしてラスト一行が強烈なパンチライン!
 異国の祝祭に迷い込んだような酔気と高揚を楽しませていただきました。

「蚊になった女」泡野瑤子さん

 吸血鬼の宿命、それは「けして満たされない」ということ。食事を楽しめる。好きなものを着られる。しかし、不死である。終わりがない。大切な人には先立たれる。
 そんなテーマが、現代ベトナムを舞台とした展開とマッチしていてとても良かったです。痛快でした。
 ベトナムの屋台の空気感や異国情緒が味わえる食事シーンもまた素敵でした。

「汝、求めよ」永坂暖日さん

 汝、求めよ。生を、湧き立つような高揚を。
 汝、求めよ。戦場を駆ける、この私を。
 血風吹き荒ぶ異国の草原で、彼は烈しく笑う――。
 義経伝説を題材とした吸血鬼物語は新鮮でした。そして主人公は吸血鬼(天狗)ではなくあくまで九郎の方というのがまた良いな、と。強烈なインパクトを持った軍記物です。

「羅刹仔」ミドさん

 チベットをとりまく情勢は、イギリス・清・ロシア・日本の思惑に揺れ動く。少年ニマの成長とその信仰心が、悪を打ち払う契機となった。
 歴史物であり、成長物語でもあるそのバランスが良かったです。
 また、異文化を知る面白さもありました。チベット人のニマや叔父さんは、現地の人々と価値観の相違があります。彼らの対話を通じ、よりいっそう各文化の特徴が浮き彫りとなる展開が素敵です。読者である自分もこの時代に居あわせているかのような気分になりました。

「つれ吹き」海崎たまさん

 馬頭琴の深くもの悲しい音色の底には、血の色が隠されている。悠久の時を経て草原に染み渡った海の如き血潮。そうした歴史の趨勢と、主人公が体験したボリシェヴィキの圧制・虐殺とが二重映しとなって、より一層の残酷さ・悲劇性を演出しています。
 主人公は最期に救われたのか。きっと救われたはず。美しき存在へと物語を伝え、そして自らの選択と意志で土に還ったのだから……。切ない気持ちになりました。

「草原の伝説」宮田秩早さん

 時空を超えて紡がれる、叙事詩のような物語。
 転生を重ねた勇者と悪鬼は、同時に弟と兄でもあり。彼らのラストでの会話は、その運命の重さに比べるとどこかユーモラスで。成された復讐とのコントラストが印象的でした。
 善悪は歴史の中でその形を変えていく。それらは車の両輪の如く、片方無しではあり得ない。草原の伝説はどこまでも続いていく。そんな壮大なスケールを感じました。

(了)

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