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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城、プロローグと第一話

あらすじ

  田畑麻衣は実兄の忍を幼少期より敬愛していた。年々歪んだ愛の形は膨れ、父親の他界をキッカケに家族は崩壊する。

 昔から母親と衝突を繰り返す兄は仕事で住み込みをすると偽り、行先を告げずに家を飛び出しそのまま絶縁状態となった。

 それから3年。
 大学を中退し最愛の兄を探し続けてた麻衣は働いていたキャバクラでの源氏名を使い、彼と念願の再会を果たす。

 背徳に塗れた彼女の行為に幸せの城への道は続いているのだろうか。


第1話    8時15分

 私の職場は新宿歌舞伎町。それなのに、毎日反対方向の青梅街道を電動自転車で駆ける。今日はもしかしたら、あの人に逢えるんじゃないか……なんて淡い期待を抱いて。

 でもこんな馬鹿げた生活を何年続けた所できっとあの人には逢えない。彼は、私を捨てて家を出ていった。3年前に父さんが事故で死んでしまい、それで変わってしまった母さんと全く折が合わなかったから。

 ──ねえ、忍。貴方がこの近くを毎日毎日ランニングしているのは知ってるんだよ。
いつになったら逢えるんだろう。私もやっと自立した生活になった。今なら、きっと忍も私の思いに応えてくれるんじゃないかな。

 ああ、また考え事をしていたら石神井まで来てしまった。ここは彼のランニングエリア外。
 ため息をついて自転車のハンドルを向けた瞬間、反対側の横断歩道にタオルを巻いた金髪の青年がTシャツにハーフパンツというラフな格好で走っているのが見えた。

 もしかしたら、と胸が高鳴る。私は思わずストーカーのように彼の数メートル後ろを自転車でついて歩いた。

 振り向いて、振り向いて──
 どうか、彼かどうか確認させて……!

 赤信号で彼が止まった瞬間、物凄く見覚えのあるタオルで彼は顔を拭いていた。思わず息が止まる。

『そんなに毎日走ってどうするの? マラソン大会にでも出るわけ?』

『んあ? 東京マラソンは出てえよなあ。でもさ、仕事で酒の付き合いが増えたから運動しねえと。もし俺がデブったら、麻衣に嫌われちゃうじゃん?』

『……別に、兄貴が太っても痩せても気にならないけど』

『ど〜だかなあ。兄貴、そんなダラしないお腹して大嫌い! とか言いそうじゃん?』

 まだ私の目の裏に焼き付いている大好きな忍の笑顔。あの笑顔を見ているだけで幸せだった。いつまでも、兄と妹としてずっと一緒に暮らしていけると信じていたのに──。

「……信号青ですよ?」

「あっ、す、すいません……」

 後ろから女子高生に少しイライラしたような声でそう言われ、私は慌ててペダルを踏んだ。
 多分、忍は真っ直ぐに進んでいる筈だ。引越ししていなければ、大泉の方に戻るはず。

 私はすぐさま頭の中で彼のランニングルートを推測して自転車で駆けた。 5分程追いかけた所で彼がまた信号で止まっている姿を見つけた。
 正直、忍が金髪のままで助かった。もしこれが黒髪や目立たない髪型であればすぐに見失っていたかも知れない。

 もう一度彼の使っているタオルをじっくりと見る。かなり色褪せており、長年使っている事を彷彿させる。
 忍がバドミントンをやっていた頃に私がプレゼントしたやつと同じタオル。そして、右下の糸がほつれた所まで同じ。
 間違いない、彼は忍だ。
 問題はどうやって声を掛けるべきか。 私が悩んでいる間に再び忍は青信号と共に駆け出した。さほど早くはないものの、これ以上忍のランニングを追跡するには時間が足りない。
 これで終わりかと愕然とした瞬間、忍がタオルを落としたまま走り去ろうとしていたので、私は慌ててタオルを拾い、絶好の機会だと口から心臓が飛び出そうなのを抑えてまた次の信号で軽く足踏みしていた彼に声をかけた。

「あのっ……タオル、落としましたよ?」

 勇気を持って声をかけた瞬間、彼はくるりとこちらを向いた。金髪にまっ黒い眉毛は妙なアンバランスがあるのだが、彼の顔にはすごく似合っている……と思う。
 私の顔を見て一瞬彼もあれ? というような顔をしていたが、直ぐに落ち着いた。そしてふっと目を細め、白い歯を見せて嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。それな、ただの汚いタオルに見えるだろうけど、俺の大切な宝なんだよ」

 私はドキドキしながら彼に拾ったタオルをそっと手渡す。彼の指先が触れてこないか期待したが、残念な事にタオルは一瞬で手のひらから消えた。彼はもう一度タオルを手にしてガシガシと顔を拭きながら言葉を続ける。

「いやあ〜、ホント助かった。実は俺、記憶が無くてさ。この古いタオルが何か記憶を戻すキッカケになるんじゃねえかってずーっと持ち歩いているんだけど、なかなか難しいもんだな」

 あまりにも涼しい笑顔でとんでもない爆弾発言をした彼の顔をもう一度見つめる。私は自転車のハンドルを握る手を更に強めた。
 何かに捕まっていないとこの先の言葉を続けるのが辛い。今にも倒れそうなくらい心臓が早鐘を打っていたからだ。

「記憶って……何時から無いんですか?」

「──あぁ、初対面の人に言うのもアレだけど……名前とかは財布に入っている免許証で見つけた。あとは緊急連絡って奴な。何故か家族が全く無くて、友達の名前があったんだ。」

 全部知ってる。家族の連絡先は全て消されており、何もかも絶縁にされている事。それも全て父さんが死んでから狂ってしまった母さんが勝手にした事。 忍は全く何一つ悪い事なんてしていないのに、彼の居場所を母さんは奪った。悪いのは全て私なのに。

「アンタの顔、どっかで見たことがあるような気がするんだけど……って、綺麗な人に失礼だよな、ごめん! ナンパじゃないんだ」

 見た目の派手さに反して忍は至極真面目な人間だ。しかも何故彼が金髪にして家を出て、父親の型枠工に近い土方に行ったのかも全部知っている。
 彼は貧乏な家でぬくぬくと不自由なく育つ私の大学費を稼いでくれていた。父さん、母さん、忍──3人の期待を背負って望まれた道を進み国公立大学へ受かったものの、私は父さんが仕事の事故で命を落とし家族がバラバラに崩壊したあの日に全てを投げ捨てた。
 ここで忍に真実を告げてしまったら、きっともう二度と逢う事は無いだろう。これは神様がくれたラストチャンスに違いない。私は仕事で得た最高の笑顔を作り忍の両手を自分から掴んだ。

「やだなあ、忍。私の事、覚えていないんだ」

「えっと……まさか、麻衣……?」

 かなり訝しげにそう訊ねてきた忍に、思わずそうだよ、と言いたくなるのを必死に堪え、私は首を緩く振った。

「ううん違うよ。私は──麻倉マキ。田畑忍さん、貴方の彼女だよ?」


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第2話    3年間の空白
第3話    戻らない記憶
第4話    心の支え
第5話    忍sideー 事故
第6話 忍sideー 葛藤
第7話 本質は変わらない
第8話 絡まない糸
第9話 弘樹sideー 親友
第10話 弘樹sideー 覚悟
第11話 奇妙な部屋人
第12話 物好きな人間
第13話 忍side ー 困惑
第14話 忍sideー 転職
第15話 隔てられた距離
第16話 傷の舐め合い
第17話 忍sideー 子供
第18話 忍sideー 麻衣
第19話 捨てられないタバコ
第20話 捌け口
第21話 忍sideー 親愛
第22話 忍sideー 襲撃
第23話 埋まらない溝
第24話 奇妙な女の友情
第25話 忍sideー 笑顔
第26話 忍sideー 地雷
第27話 言えない一言
第28話 甘いキス
第29話 過去との決別
第30話 忍sideー 異変
第31話 忍sideー 不安
第32話 ケジメ
第33話 砂の城
第34話 忍sideー ツンデレな妹
第35話 忍sideー 和解
第36話 変わらない気持ち
第37話 本音
第38話 スターチス
第39話 忍sideー 未来へ
第40話 傷跡
第41話 Dear  Bride
第42話 これから


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