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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第26話 忍sideー 地雷


 俺は集中治療室で歩行練習をさせられ、午前中のうちに一般病棟へ移された。
 外科病棟の病室が空いてないとのことで、偶然にも自分の勤務先である内科病棟の一人部屋に移された。

「くっそぉ、ここの部屋代金高いから、早く普通の四人部屋にしてくれって言いたい……!」

 俺は4本のドレーン管をポシェットみたいな袋にそれを入れて自由に歩けるまで回復している。
 しかし働いている職場。スタッフはニヤニヤしながら俺に声をかけてくるし、廊下を歩いても見慣れた患者さんに不思議そうな顔をされてしまうので、俺は退院まで大人しく部屋に引きこもりを決めた。

「管が抜けるまでの辛抱な」

「そうだぞしのぶ。大人しくするの!」

「つーか、何で蒼空がここにいるんだ? 大輝はどうしたよ」

「ああ、昨日から蒼空がしのぶに謝らないとって泣いててさ」

 休みの日にわざわざ娘を連れて、俺の見舞いに来てくれる弘樹には本当に頭が上がらない。今も慣れた手つきでりんごの皮をウサギ型にカットしていた。

「パパあ、蒼空もうさたん食べたい」

「はいはい、しのぶに謝ってからね?」

「うー。うー……しのぶう、きらいって言ってごめんね」

「ああ? 何の事だあ??」

 俺がいちいち子供の好き嫌いの話なんて覚えている訳がない。それに、蒼空は昔の麻衣によく似ていて俺のことを嫌い嫌いと言いすぐに暴力に訴える。

「だからあ、蒼空がしのぶのこときらいって言った事……」

「なんだよ、そんな事か。お前、いつも俺の事嫌いって言ってるじゃねえか。まいたん、まいたんって」

「だから! まいたんを大切にしないしのぶが嫌いなのっ!」

 興奮した蒼空は、また俺を容赦なく叩いてきた。

「弘樹よ、お前んとこは一体どういう教育してんだ。双子の片割れは静かなのに、蒼空はこんなに攻撃的なんだ?」

「いや、蒼空は普段大輝よりも大人しいよ、何故か田畑と麻衣ちゃんが居るとテンション上がるのかな? ほら、蒼空。しのぶにあげるんだろ? うさたん」

「そうだ! しのぶ、あーんして、あーん」

「はああ!? 何で俺が……」

「うー。しのぶ、蒼空の事嫌い……?」

 おいおいおいおい、そうやって思い通りにならないとすぐ泣くのは反則だろうよ。
 蒼空は多分、俺があちこち管に繋がれているのをいいことに、きっと“お医者さんごっこ“をしたいんだろう。
 でも親友が見ている前でそんなのは恥ずかしい。嫌な予感がしてちらりと目線を動かしたが、救いの手は来る気配が無かった。
 弘樹は笑いながらまた別のりんごを切っている。こいつ、分かっててわざとだな。

「はああ〜……しょうがねえなあ……」

「はい、あーん」

 嬉しそうに蒼空がリンゴを俺の口に入れた瞬間、面会で澤村と麻衣が仲良く入ってきた。
 3歳の女の子が男の上に跨ってリンゴを口に入れている光景に、2人は口をぽかんと開けたまま完全に誤解していた。

「最低……まさか、忍にそんな趣味があったなんて」

「兄貴、そんなに蒼空ちゃんの事……」

「ち、違う! これは俺の趣味じゃない! 蒼空が勝手に俺の上に乗っかってんだぞ、おいこら弘樹、お前も笑ってないできちんと説明しろよ!」

「あーん、ダメだよしのぶ。動いたらうさたん落ちちゃう!」

 ドン引きしている女子二人と、もうひとつカットしまりんごを俺の口に入れようとする幼女、そしてそれを見て爆笑している俺の親友。  

 俺の味方は無く、この場はカオスと化していた。



 ────



 ようやく暴れん坊が寝てくれたところで澤村と麻衣が折りたたみ椅子を近づけてきた。

「元気そうで良かった……」

「ちょっと、麻衣さん。何でメインのあなたがそんなに離れているの? 隣座りなさいよ」

「え? えっと……」

 麻衣は想像通り視線を泳がせていた。澤村は俺と麻衣の“本当の距離感“を知らない。これが、麻衣なのだ。
 キャバクラなんて想像も出来なかった俺は、ついに麻衣まで狂ったのかと勘違いした。
 それでもいい刺激になったようで、以前よりも棘は減ったようだ。記憶喪失の時に見せてくれた麻衣の飾らない笑顔はとんでもなく可愛かったからだ。ただ、あれを他人にも見せていると思うと悔しい。

 結局、麻衣は澤村の横に申し訳なさそうに座っていた。鞄を胸に抱いて居心地悪そうにしている。一体何故俺にそこまで気を使うのか、麻衣の気持ちはわからない。

「ええとね、昨日の話の続きなんだけど、忍にお別れを言いに来たの」

 俺は弘樹に淹れて貰ったコーヒーを吹き出しそうになった。

「おいおい、全然話が続いてねえじゃんかよ、何で俺がいきなりフラれる展開なんだ?」

「そっか。麻衣さんとは話してたけど、ICUじゃ込み入った話も出来なかったからね。忍が羽球辞めた理由だよ」

 俺は言葉を詰まらせた。麻衣の前で羽球を辞めた理由なんて絶対に言えない。なんて性格の悪い女なんだ。こんな誘導尋問するタイプじゃないはずなのに。

「いいの、別に……昔の話だし」

「あれ? 麻衣さん元気ないね。忍が思ったよりも元気で拍子抜けしちゃった?」

 澤村は気づいていないし、弘樹は昔から麻衣の事を知っているから何も言わない。今は蒼空が再び起きないように俺達から離れている。
 言うか言わないか悩んだが、やっぱりこういうのは本人の前で伝えた方がいい気がする。俺はひとつ溜息をつき、覚悟を決めた。

「麻衣は昔っからそんな感じだ。俺に対してだけ温度差があるっつーか」

「そうなの?」

 澤村に問われても麻衣は俯いたままだ。

「麻衣は他の奴だと普通に話すし笑うのに、俺は麻衣が笑った顔なんて片手で足りるくらいしか見た事ない」

 麻衣が笑ってくれたのは俺が羽球で優勝した時と、俺が記憶喪失であいつが彼女だってキャバ嬢の名前で近づいてきた時くらいだ。

 側から見ると俺達は変な兄妹だと思う。麻衣が俺に冷たいのは、母さんの傾いた愛情のせいなのか、それともあいつだけ過剰に期待されて、俺が自由奔放なのが気に入らなかったのか。
 どのみち昔の話だし、そんな事はどうでもいい……。
 そんな事よりも聞きたい事は山ほどある。
 俺が記憶喪失の時に彼女だと嘘を吐いたのか。あの時微笑んでくれたのは何故なのか。自分から連絡を切ったのに、今更虫がいいと思われるかも知れないけど。

「まあ、麻衣には元々嫌われてるけど、澤村舞にも嫌わたのかあ。またぼっちに逆戻りだな」

「──ッ」

 震える唇を噛み締めた麻衣は突然大きな音を立てて椅子から立ち上がり、そのまま無言で部屋から出て行った。

「ちょ、ちょっと! 麻衣さん!?」

 澤村も慌てて立ち上がり、出て行った麻衣を追いかけた。
 バタバタと慌ただしく2人が出て行き、気持ちよく寝ていた蒼空も起きてしまったらしい。
 彼女はまだ半分寝ぼけた顔のままだったが状況を悟っていた。いつものように不貞腐れ、俺に鋭い一言を言い放った。

「しのぶ、またまいたん泣かせた……」

 ああそうだ。俺は──麻衣を泣かせる事しかできねえな……。



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#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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