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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第33話 砂の城


 翌日、弘樹さんと佳奈ちゃんの薬について相談した。
 佳奈ちゃんを更生させる話はトントン拍子で進み、目が届くなら私と一緒でも構わないとの連絡を受けた。

 勿論私の決断に大反対したのは忍だ。元々私を殺そうとした女の子供なんて無視して放っておけばいいと電話越しでも分かるくらい怒っていた。
 彼女がおかしくなってしまったのは、私が中途半端な気持ちで働いていたからで、佳奈ちゃんの母親だって最初から狂っていたわけでは無い。
 何かの拍子に歯車が壊れただけなので、少しでもそれを戻す手伝いが出来るならば、私は何とかしたいと思う。

「田畑、めっちゃ怒ってた。そもそも、俺の首の赤い痕だって作り物みたいなレベルだったからねえ」

「本当に何から何まですいません……弘樹さん」

 佳奈ちゃんの薬調整は医者が行う研究の一種だ。これがうまくいけば弘樹さん、精神科の先生双方が学会で発表出来る大収穫となる。
 普通の生活がしたい、ママに会う為に何とか身体を治したいという本人の明確な意思表示もあるので私のこの身勝手までも許されていた。

 佳奈ちゃんは精神科の急性期病棟ではなく、私と一緒に違う病室へと移された。そして私は精神科の先生が適当に病名をつけてくれたらしい。
 まともに会話が出来るようになった佳奈ちゃんと、今いきなり離れるのは危険との事だったので、私は指示通り彼女と一緒にいた。

「そうだ、麻衣ちゃんが暫く暇になると思って、大輝に頼まれていたコレの続きを頼んでもいいかい?」

「砂? 何作ろうと……」

「大輝が田畑に頼んでいたやつなんだけど、麻衣ちゃんがここに居るからあいつ今すげえ機嫌悪くて。俺の連絡も全部ボイコット中」

 弘樹さんの連絡を無視するなんて意外だ。それほど忍は私の身勝手な入院を怒っているらしい。
 精神科という外からは分からない世界に居る私の事を心配してくれるのは嬉しいのだが、このまま佳奈ちゃんを放置しておけば、暗闇の中で彼女の憎しみは益々膨れ上がり第二、第三の犯罪が起きそうな気がした。
 だから忍が今、私と佳奈ちゃんに対して怒っていても、私は何とか彼女を母親と同じ道に進む前に正したい。
 弘樹さんが持って来た大きい土台と砂の山を見た佳奈ちゃんは不思議そうな顔をしていた。

「ねーね、何これ?」

「砂よ。固めて立体を作るの」

「砂って流れるし、固まらないじゃない?」

「そう見えるでしょう? でも時間をかけるときちんと固まっていくの。ボンドと水で少しずつね」

 私が佳奈ちゃんに“ねーね”と呼ばれている様子を見た精神科の担当医はかなり驚いていた。

「佳奈ちゃんはとにかく感情の起伏が激しくてね。特に妄想と幻覚症状が強く出るから定期的に薬を打たないと暴れて自傷行為に走ってしまうんだ。それが田畑さんと一緒に過ごしてたった一日でこんなにも落ち着いているなんて……」

「それが麻衣ちゃんの力なんです。あの子は言葉少ない中で、人に心の安らぎを与えてくれる」

 弘樹さんが医者と何を話しているのか分からなかったが、2人とも穏やかな顔で笑っていた。

「ねーね、これもう固まるの?」

「ううん、一日で少しずつね、土台をしっかり作らないと崩れちゃうから今日はここまで」

「ええー、もっと作りたい〜」

「でも、せっかく作って壊れたら悲しいでしょ? こういうのは、ゆっくり大切に作るからいいのよ」

 不満そうな佳奈ちゃんはそろそろお昼寝の時間だったので、私は彼女を宥めて部屋へと連れていった。
 彼女を寝かせつけた所でフロアに戻ると弘樹さんから砂の城について初めて質問があった。

「実は前からずっと聞きたかったんだけど、麻衣ちゃんは何で砂を固めようとしてたんだい?」

「え? えっと……」

「大輝がやっても全然上手く固められなくて、田畑にお願いしようとしたら今断られているから大輝もここ最近ずっと機嫌が悪くてね」

「すいません、私が大輝くんに砂の秘密基地の話をしちゃったからですね。これは責任取って完成させます」

「なんかお城作るって言ってたけど、土じゃなくて砂の方がいいの?」

 私は返答に困った。砂の城は願掛けのようなものなのだ。別に城でなくても良いのだが、砂の家という響きが微妙で、城と大輝くんには言っていた。
 自分の手で壊れない砂の塊を作る事が出来たら、現実でも壊れる事のない場所を探せるのではないか? と思っていた。
 ところが普通の砂は固まらずにすぐに崩れてしまうので、未だに城どころか土台より上は完成した事がない。
 市販の専門の砂だと簡単に固まるのだが、それでは願掛けの意味がないのだ。

「こ、これは恥ずかしい話なのでいくら弘樹さんでも言いにくいです……」

「そうなんだ? 田畑も売ってる砂なら固まるんじゃないか? って言ってたけど、それじゃダメなのかい?」

「そうなんですけど、それじゃ意味が無いんです……」

 私の足りない説明を弘樹さんは何となく察してくれたようで、それ以上砂について追求する事もなくにこりと微笑むと私の頭を優しく撫でてくれた。

「……弘樹さん?」

「あっ、ごめん! 麻衣ちゃんを見てるとつい……」

 多分返答に困りまごまごしている私に、蒼空ちゃんと大輝くんが重なって見えたのだろう。それに何かあると今でも雪ちゃんの頭を撫でているのを知っている。

「……麻衣ちゃん、絶対に無理はしちゃダメだよ。田畑が胃の痛くなる思いで麻衣ちゃんをここに置いてる事は忘れないで」

「分かっています。私のワガママで身勝手なこの行動をすごく怒っている事。でも、どうしてもあの子を助けたいんです……」

「あいつにはっきり言われたよ。お人よしとかそういうレベルじゃないって。俺が麻衣ちゃんに加担した事も怒っている。だから連絡取れないんだけどさ……」

「あの子を放っておいたら支えが無くなってしまう。私には忍が居てくれたから生きていられたけど、彼女には母親しか居なかったんです。だから何とか自分の力で歩けるように……」

 佳奈ちゃんは私と霧雨さんとの関係を妬まれて、それで殺意を覚えた相手の娘。それを救いたいだなんて、はたから見ても頭が狂っているとしか思えないだろう。偽善者と言われても仕方がない。
 でも、彼女がこのまま母親を失ってしまったら、心が死んでしまう。そして母親を奪った私を一生許さないだろう。
 忍を傷つけた佳奈ちゃんの母親を、私は絶対に許さない。が、それと同様に佳奈ちゃんが私に対して抱く憎しみは永遠に私の心を苦しめる。
 そう。佳奈ちゃんを救いたいと思っているが、結局これは自分の気持ちの整理と、忍と共に生きる未来の為なのだ。

 佳奈ちゃんが私への憎しみを消化出来た時、私も彼女の母親に対する怒りを消化出来る気がした。

「大丈夫、麻衣ちゃんのしたい事は分かってる。あとは、あいつを行動で説得するしかないな」

「はい。佳奈ちゃんと私の気持ちが整理出来た時、私も忍もやっと前に進めるんです」

 迷いはない。忍と一緒になる為に、今は全力で佳奈ちゃんと向き合おう。



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#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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