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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第34話 忍sideー ツンデレな妹


 麻衣が精神科から戻らない。個人的に今回の件はちょっとイラついていたので、俺から弘樹と麻衣に連絡する事はしていない。精神科病棟ってのはちょいと特殊らしく、一定の人しか面会も許されない。医者が患者にとって刺激になるからダメと言えばそれだけで家族であろうとも面会出来ないようになっている。
 だから、俺は無関係の澤村にお願いして麻衣の様子を見てきてもらい、ちょいちょいLINEで聞いた。何だか知らねえけど、大輝がこないだ俺にせがんできた砂を固める続きを病棟の患者と仲良く作ってるらしい。
 元々あいつは病気で入院しているわけじゃないのに、いつまで他人のガキの面倒を見ているのか。

 せっかく麻衣と一緒になれると浮かれていたのに、このガキのせいでイライラが取れなかった。こんなに感情がコントロール出来ないのは久しぶりだ。
 麻衣が何を考えているのかさっぱりわからない。結局、あいつは何の為に、いつまであんな所にいるつもりなんだろう。

 とはいえ、仕事は順調だし、麻衣と一緒になれる金は溜まった。まだ何もあいつには伝えていないが、ひとつくらい形のある物を買おうと思っている。例え今のように離れていても、お互い繋がっているという証を……。

「あー、くそっ。ライター切れた」

「おーおー、忍くん荒れてるのお」

 偶然喫煙所を通りかかった澤村がさり気なくライターの火をくれた。

「……サンキュー」

 一緒に並んでタバコを吸う。白い煙を吐き出すと、何故かどっと疲れが襲って来た。

「麻衣さんの件でしょ、あんたが悩んでるのは」

「まだ帰って来ねえし、一体何考えてんだか……」

「う〜ん。多分、忍が刺された事と、刺した母親の事と、その子供の事で悩んでるんじゃないかなあ……」

「だからって、麻衣は関係ねーじゃんかよ。何であいつが知らねえガキのメンタルケアなんてしなきゃならねえんだ。大体、俺を刺したババアだって麻衣に勝てないからって、ただの逆恨みだろ」

「おーおー、忍くん荒れまくり。どーどー」

 喫煙所には知らない病棟や外来のスタッフが沢山いる。話を聞かれていた訳ではないが、突然大声を出した俺は一斉に注目を浴びてしまい、ぺこぺこ頭を下げた。

「……あーくそ、なんか疲れた。今日は定時で上がるかな」

「忍はさあ〜、色々考え過ぎなんだよ。たまには私と遊ぶ?」

「……それはいいよ、澤村もせっかく研修医のイケメン彼氏ゲットしたんだろ? 俺と一緒に居ると誤解されんだろ」

 一瞬有難い申し出だなと思ったが、俺の側に居る事を決めた麻衣を裏切りたくはない。
 殆ど灰だらけになったタバコを灰皿に押し付けると俺は澤村よりも先に喫煙所を出た。モヤモヤがスッキリするはずなのに、益々嫌な気持ちになった。
 弘樹の連絡を無視し続けているせいもある。俺が慣れない意地を張っているのを、あいつはどう思っているのだろうか?



 ────



「お疲れ様でしたー」

 帰ろうとバッグを肩にかけた所で男ヘルパーの田辺に呼び出された。こいつは俺が退院する前に麻衣に擦り寄ってきた奴で何となく油断できねえ。

「何だよ、俺今日は定時で……」

「これ見てくださいよ、俺の推してたキャバ嬢で麻倉マキちゃんって言うんですけど、最近彼女の動画が出回ってて」

 田辺が再生した動画は多分、よくAVで観るハメ撮りって奴だ。艶かしい喘ぎ声はこんな病院内で再生するとかなりヤバいので音源はオフになっている。
 顔も暗くてハッキリとは見えないが、確かに麻衣に似ている……でも声は明らかに違うので、画像合成とかで上手く作られているのだろう。
 結局何が言いたいんだ? と田辺の顔を見ると次に俺と麻衣が一緒に写ってる写真を出した。

「田畑さんの妹さん、マジで麻倉マキちゃんに激似なんですよ! 俺、ずっとマキちゃんのファンで。でもマキちゃん、突然店辞めちゃったんですよ……しかも店のオーナーも変わってしまったし」

「ふーん。俺はキャバクラに興味ねえし、分かんねえわ」

「だ〜か〜ら〜、田畑さん! お願いしますっ! 妹さんとお付き合いさせてくださいっ!!」

「はあ? 何でそうなるんだ!? つか、俺にじゃなくて麻衣に直接言えよ」

「マキちゃんが辞めた時期と、突然田畑さんの妹さんが出現した時期がピッタリ当てはまるんですよ! こりゃあ大スクープだなって」

「何が言いてえんだよ……」

「え、麻倉マキですよ。歌舞伎町のナンバーワンホストの霧雨荵と一時期恋人同士だったり、いきなりナンバーワンキャバ嬢にまで登り詰めた影の実力者。それが、まさか病院で働いているヘルパーの妹だなんて、誰も思わないですよね?」

 こいつ、確信している。

 俺は違う、と即否定したかったが、先ほどの画像を見せられて少しだけ動揺したのが伝わったらしい。あんなもの、完璧な合成だと頭の中では理解しているが霧雨荵って野郎と恋人だった時のものかも知れない。

「田畑さん、妹さんと俺がお付き合いしてもいいですよね?」

「……いや、そういうのは俺に許可取るんじゃねえだろ。もうガキじゃねえんだし、本人に聞けよ」

「いやいや! そんなん無理ですよ、だって妹さんは“お兄さん”の事大好きじゃないですか。必死に平静を装ってましたけど、相当な愛情ですよね」

 残念だがそれは否定出来ない。麻衣は元々演技がド下手だ。
 あの時は俺が極度のシスコンであるように振る舞ったのに、少しじゃれただけであんなに顔を赤らめて嬉しそうにしたらバレるに決まっている。

 別に俺は世間や同僚がどうこう言おうが麻衣の気持ちを一番尊重したいし、これからもずっと守りたいと思っている。
 ハッキリしているのは、麻衣が俺の事を大好きだと言ったこと。そして俺が記憶喪失の時に吸ってたタバコの残骸を未だに大事にとっておいた事。
 あれほど綺麗好きな麻衣が、時間が経って相当臭くなる物をいつまでも部屋に置いている訳がない。捨てようとしても結局捨てられなくて親友の雪ちゃんに無理矢理押しつけたくらいだ。
 澤村も言っていたが、麻衣が抱く愛情は凄まじいらしい。本人は昔から変わらずにツンデレだから全然そういう感情を表に出しては来ないが……。

 もしも世間的に兄妹という部分がネックならば、このままひっそりと別々の環境でただの仲の良い兄妹として過ごすし、麻衣がそれ以上の関係を望むのならば、2人で一緒に住める場所を本気で探したいと思っている。

「──田畑さん?」

「悪いな、田辺。俺も麻衣の事が好きなんだ。あいつが他の男を望まない限り、他にやるつもりはねえな」

 麻衣が脇目も振らずに何年も苦労してキャバクラにしがみついていた理由を俺は知っている。だからと言う訳ではないが、俺はキャバクラを突然辞めた麻衣の気持ちを尊重しているし、これからも守りたいと思っている。
 何も知らないやつにはいどうぞ、なんて言えるわけがない。

「はああ、やっぱそうですよね……いいんですよ〜、わかってましたよ。他の女性にモテる田畑さんの気持ちがハッキリ分からなかったんで、俺にもワンチャン無いかな〜って思っただけです」

 俺と長々話していたせいで田辺は夜勤担当の看護師に呼び出しされていた。
 これ以上追求されて上手く躱せる自信も無かったので、俺は逃げるようにそのまま病棟を後にした。


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#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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