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「コイザドパサード未来へ」 第8話

「行ってきます」と家を出て、いつものように朝、学校へ向かう。
冬服の制服の下に長袖Tシャツを着ているが、少し肌寒く、いつから冬コートを着始めようか迷う。
今のままの重ね着スタイルだと肌寒いし。
だからといってコートを着ると暑くなり、学校へ着く前に脱ぎたくなってしまいそうだ。

僕はブルっと震えながら、歩き出す。
足元の枯葉が踏まれてクシャっと音を出す。
まるで僕に踏まれて痛いよって声をあげたみたいだ。悪く思わないでくれ。
この枯葉を足で踏んだ時の音がたまらなく好きだ。
冬が来る足音みたいな気がする。

中学校へは自宅から歩いて通っている。

街路樹のずっと先に、スーツ姿の見知らぬ男性が急ぎ足で歩いていく。
その歩くスピードの早さに、僕とその人との距離はどんどん広がっていく。

住宅街の先で見慣れた顔がこちらを向いて手を挙げている。
アキラだ。
アキラの家は僕の家の近くなので、通学路の途中でこうして時々、僕を待っていてくれる。
「おはよう」と言いながら、僕たちはハイタッチをして並んで学校へ向かう。アキラは首にマフラーを巻いていて、暖かそうだ。

「だいぶ冷えてきたね。今日は元気?」
と僕は軽く声をかける。
「まあまあ元気だよ。だいぶ浮上してきたって感じかな」
アキラは神社での告白以来、少しずつ元気になってきてはいるが、
まだ本来の明るさと調子の良さは戻ってきていない気がする。
そして歩く足取りはいつもより少し重そうだ。

「父ちゃんのことだけどさあ。父ちゃんは自分で俺たちの船を降りたと思っているんだ。母ちゃん、姉ちゃん、俺と一緒に乗っていた船を自ら降りた。
だからといって、会えないわけではないし。今でも時々会っているし。
自分ではどうすることのできないことに勝手に囚われて落ち込んだりするのは、もう辞めようと思う。受け止めて、前に進むしかないわなあ」

軽く元気かと声をかけたつもりだったのだけど。
僕たちの会話は中学生のものとは思えないほどシリアスで、どっしり重い。
お父さんのことを受け止めて、前に進もうとしているからすごいよ、と思いながら、
「そうだなあ」と答え、アキラの顔を見る。
浮かないような神妙な顔をしているが、決して悲観しているわけではない。

視線をアキラから前に戻すと、制服を着た数人の同級生が僕たちの前を歩いている。
もうすぐ学校だ。
僕たちの前を歩いている同級生はどんな悩みを持っているのだろう。

横にふと視線を戻すと、アキラは前を見て、何か考え事をしているようだ。
真剣な顔だが、目力は強く、意志の強さを感じる。

きっと大丈夫だ。
事実として、起きたことをあるがままに受け入れようとしている。

視線の先には校門が見えてくる。
制服を着た群れが次から次へと、まるで校門に吸い込まれるように入っていく。
僕たちは若くて今は未熟で不完全だが、大人になったら、全部自分の力で何でも解決できる人になれるのだろうか。

将来、社会の大海原でどんな風に泳ぐのだろうか。
仲間と一緒に群れを成して泳ぐのか、それともひとりで悠然と泳いでいるのだろうか。
隣にいるアキラは上手に集団の中を泳いでいきそうだなあ。
学校でも男女問わず人気のあるアキラはどこでも誰とでも、どんなことでもうまくやれそうだ。
だから、大丈夫だ。
僕は心の中でエールを送る。
恥ずかしくてこんなことは直接言えないから、精一杯、心の中で肯定するよ。
アキラ、あなたは大丈夫。

僕はまだ全くと言っていいほど、大人の自分を想像できない。
あと4年もしたら、僕たちは確実に大人になる。
18歳の僕たち。
どんなふうに成長するのだろう。
今はただただ受動的に、学校に吸い込まれるように入っていく、同じ制服を着た僕たちが、いつか思い思いのスーツを着て、一斉に社会に出ていく図が頭に浮かんだ。
少しだけ未来が見えてきそうな気もする。

校門の横に立っている先生が
「あと10分で学校始まるぞー」
と叫んでいる声が聞こえてくる。

やばい。授業がもうすぐ始まっちゃう。
アキラと僕は顔を見合わせて、一斉に教室へ向かって走り出す。

(つづく)

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