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酔者の行進

 今年は今日が最後かな。と、いつも行く露天風呂へ向かう。

 周りを海に囲まれた湯もあれば、木々の中にある湯もあり、疲れた身体には何よりのご馳走だ。子供達がまだ小さい頃、イオンのゲームセンターで遊んだ後立ち寄り、帰りに回転寿司を食べるのがとても楽しかった。

 鳥の囀りの心地よい朝風呂も、夕焼けに染まる有明海を眺めながら浸かる夕風呂も、どちらも至福の時間である。

 歳のせいか、「銭湯」「温泉」という響きが心地よく胸に刺さる。綺麗さっぱり後のビールは、まさに命の水だ(大袈裟だけど)。


 妻がまだ生きている頃、私達は東京に住んでいて、ふたりでよく銭湯に行ったものだ。歩いてすぐの場所にあり、散歩も兼ねて立ち寄っていた。

 今はもう銭湯自体が少なくなっているらしく、何か寂しい思いがする。

 いろんな出会いもあり、懐かしい思い出もたくさんある。

 ある時、数人のおっちゃん達がこんな話をしていた。

 Aさん:「まぁ、金持ちはこんな銭湯なんかには入らないよなぁ。この幸せが分からないのは可愛そうだよな」

 Bさん:「それ以上にお金持ちは幸せだよ!恵まれた人は生まれながらに恵まれてる。不幸な人は生まれた時点で不運を背負ってる。神様なんてのがもしいるならさ、罪深いお方だよ。何にも知らない天使のような赤ちゃんをさ、生まれた時ふるいにかけてんだから。偉い人、そうじゃない人がもう決まってんだもんなぁ」

 Cさん:「おめえ、人間に偉いも偉くないもないよ。みんなおんなじ顔で生まれてきて、みんな平等に死んでいくだろ?金持ちでも事故で死ぬ奴もいるし、貧乏でも健康で長生きする奴もいる。人間に偉いも偉くないもないよ。みんなチャラだよ。」

 なかなかどうして深い話だなぁと思いながら私は聞いている。

 Cさん:「そう言えばさ、昨日おれが千回近く回してやめた台、その後来たあのばあさん、お座り一発で当てやがって!!あのばあさんいつもだよ!
おれなんて朝から回してるのに不公平だよな。」

 私は笑いを堪えるのに必死で、歯を食いしばったり顔を洗ったりしながらなんとか笑ってしまうのを我慢していた。

 「おにいちゃん、おれたちもうあがるわ。浸かりすぎてさっき飲んできた酒が抜けそうや。」

 「早いっすね?」

 「うん、今からまた飲みに行ってくるわ!またなおにいちゃん。」


 さて、露天風呂に浸かりながら、一年を簡単に振り返ってみる。

 体調を壊して仕事を休んだり、noteを始めたり、下の子の専門学校の入学式に出席したり、まぁ、自分にとっては普通の一年だったけれど、子供達が二人とも親元を離れ、元気に生活出来ている事が何よりかなぁと思う。

 幸せに、大きさも形もない。幸せだと感じるなら、それが幸せだと思う。

 はぁ、それにしても、こうしてゆっくり露天風呂に入るのは本当に気持ちいいなぁ・・

 また頑張ろう。どんな生活をしていても、誰にも、何にも恥じる事なく、上を向いていられれば、それだけでいい。

 人として。

 父親として。

 いつか出会ったあのおっちゃん達、今も元気で飲み歩いているかな。


 

 

 

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