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#15 しあわせの果実

7月も終わろうとするのに 梅雨が明けない。
肌寒い日が続くので、季節が夏であることをすっかり忘れていたら
立ち寄ったスーパーでようやくハッとした。

桃だ。

もう20年前になろうとしているが
大学生だったわたしは、贅沢とは程遠い
慎ましやかな下宿生活を京都で送っていた。
授業と部活とアルバイトで目まぐるしく過ぎていく毎日の中で
慎ましいながらも豊かな生活をすることこそが美しいんだ!
なんて、思い始めて止まらなかった。

季節の果物の皮を剥いて食べる。

当時のわたしにとって それは
なぜだか「豊かな生活」の象徴だった。
丁寧に生きている人の日常にそれがあり、自分もそのような時間を
この目まぐるしい毎日の中につくりたいと思った。
そんなある日 手に取ったのが、桃だった。
果物売り場で、最も贅沢な値段だった桃を
ゆっくり食してやろうじゃないか、そう思った。
そう言えば去年も食べてないな、なんて思いながら。

身体中にじんわりと甘みが染み込んでいくようだった。
同時になんとも言えない懐かしい気持ちになった。
そういえば、夏になると実家で母がよく出してくれたな・・
祖父母の家でもよく食べたな・・・
不器用に切ってしまい、ずいぶんと小さくなってしまった桃を食べながら
ぼんやりそんなことを思い出した。
本当は日常にあったのに、いつの間にか抜け落ちていたこと。
豊かに暮らす、はまだ見ぬ手に入れたいものではなく
失くしてしまったものを再び取り返すことなのか。

なんだか、ずいぶん遠くに来てしまったような気がした。

ぽってりとした丸みと滑らかな割れ目
赤みがかったピンクと白のやわらかなグラデーション
柔らかな毛を纏ったその見た目は
愛おしさすら感じさせる。
そしてあの甘い香りがぎゅっとつまった果肉。
湧き出てくるような果汁。
どうして切ないほど懐かしく感じるのか。
自分でもよくわからなかった。

お店に桃が並びだすと、素通り出来なくなった。
値段が張っていると思い通り過ぎても
結局戻ってきてしまう。

千疋屋さんは桃の皮を包丁で剥くことを教えているが
わたしは平松洋子さんが本の中に書かれていた
「皮は包丁で剥かない」という教えに忠実に
指でめくって皮を剥いている。
つい、わぁきれい。なんて言ってしまう。

アールグレイの茶葉でマリネにした桃に
マスカルポーネと蜂蜜を添えて食べる、なんていうのも大好きだが
お台所で、指で皮を剥いた桃をそのまま口へ運んで
桃の汁が つーっと肘のほうに伝うのを感じながら
うっとりため息をついたりするのが
結局のところ、一番しあわせだったりする。

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