kisara

小説家目指して修行中。 物書きの勉強をするために、沢山の本を入手したり、講習を受けたり…

kisara

小説家目指して修行中。 物書きの勉強をするために、沢山の本を入手したり、講習を受けたりしたいので、学習費捻出のため一部有料記事にします。応援よろしくお願いします。

最近の記事

「ショウタさん、明日の朝は何を食べましょうか」 「そうだね……真っ白なご飯と、焼き魚と、ゑつ子さんの豆腐の味噌汁がいいね」 「真っ白なご飯……お腹いっぱい食べたいですねぇ。魚は、秋刀魚(さんま)がいいですね。油がのって太った大きな秋刀魚にしましょうね」 「太った秋刀魚か。ゑつ子さんは食いしん坊だね」 「だって、とびきり大きいほうがいいでしょう? 一人じゃ到底食べきれないような」 「そうだね。永遠に食べ終わらない白飯、とかね」 「いいですね……熱々のご飯に、卵も乗せ

    • 恒星のとなり

      マナは最後尾の車両に乗り込んだ。ぽつらぽつらと座席が空いている。地下鉄の階段を降りたとき、中間あたりの車両待ちの列は、帰宅の高校生や、仕事帰りの人たちで、ごった返していた。それなのに最後尾は、世界が違うくらいに落ち着き払っている。何もわざわざ混む場所を選ばなくてもいいのにと思いながら、腰を落ち着け、マナはバッグからスマホを取り出す。 マナが帰路に就くのは大抵夜の9時、10時だから、7時台の地下鉄には、こんなに大勢が乗ることに驚いている。仕事が嫌になって、今日はさっさと切り上

      • 重い朝をくぐって

        死ね!死ね!死ね!! 目の前のこいつが死んだとて、悲しくも何ともない。ぴっかぴかに清々するに決まってる。60間近になっても45歳だと堂々と言い張る女。皺くちゃの顔に原色まんまの青いアイシャドウと、顔色に馴染まない明るい赤のグロス。艶感が余計きもい。その口で、私が作ったご飯食うな。 カオルは台所から出て行こうとした。 「人が食ってるときに、バタバタとうるさい娘だよ。大体、老いた母親を労わろうって気が無いなんて、あーあ、子育て失敗って、こういうことを言うんだね」 「だった

        • 母の声

          父と喧嘩して家を飛び出したのは、1か月前のことだ。正規職に就いているから、家を飛び出したところで生活に何ら支障はないのだけれど、置いて来た猫2匹が気がかりで、結局、家の近くのマンスリーマンションにいる。彼氏のマンションに転がり込めれば猫を連れていけるのに、間が悪い。彼は骨折で入院中だ。 出勤途中に見上げれば、久しぶりに雲のない澄んだ青空が広がっている。夏のカンカン照りに比べれば、太陽はずいぶん遠くに感じるのに、それでも、直射日光にクラリとしてしまう。ふっと自分が遠くに行って

          もう、家に戻らなければならない。夫はまだにしても、娘は帰宅しているかもしれない。まりは仕方なくダイニングチェアから立ち上がった。すっかり手に馴染んだマンションの鍵を回して外に出た。秋が深まり、だいぶ寒くなった。まりは大判のショールを体に巻き付けて、とぼとぼと歩き出す。 タクヤはまたあの女に捕まっているのか。そう考えると、まりの中で抑えていた苛立ちがむくむくと勢力を盛り返してくる。タクヤがまだ役者志望だった10年よりもっと前から、まりはタクヤのご飯を作り、出演作のチケットを売

          ふたりの朝

          絵具を付けた筆をそのままに、リサはベッドに潜り込んでしまった。「近頃、スランプなんだ」と、リサからは何度も訴えられていた。 リサとるりが一軒家で同棲を始めて2年になる。この家に入った初日、るりは、リサはきっと北側の部屋を自室に選ぶだろうと思っていた。だが、リサが選んだのは東側の部屋だった。小さい窓しかない北部屋は、「外が見えなくてイヤ」なのだそうだ。 リサは絵を描いている。絵の他にも、アクセサリーを作るのも上手だ。でも、それだけ売っていても暮らしていけないからと、ネイリス

          ふたりの朝

          なんでも、うまくやる

          「ほら! 完璧!」 麻衣はミシンの糸切りボタンを押してから、子供用の手提げを、両手で目の前に突き出した。この出来なら、商品として売り出しても恥ずかしくないレベルだ。生地は無地で麻のナチュラル系から、鬼滅の市松模様まで幅広く取り揃えてある。大きすぎず小さすぎず、小学生の子供が、腕にぶら下げて歩くには丁度いい。麻衣が、子供用手提げのハンドメイドをやり始めたのは、長女が小学校に入学した時からだ。 離島生まれの麻衣は、小さい頃から勉強が得意で、将来は医者か弁護士かと、先生、家族、

          なんでも、うまくやる

          犬が、鳴いた

          仕事が、どっちを向いても、うまくいかない。 在宅ワークがしたくて会社を選んだわけじゃない。それに、出世もそんなに望んでない。普通に、淡々と、ただの会社員をしたかっただけだ。 それなのに、なんでこうなるんだろう。 新型コロナのせいで、したくもない在宅ワーク。まぁ、週2くらい会社には行ける。けど、新採にそれはツラい。 直属の上司は男性で、自分より15も上だ。みんなにパンダさんと呼ばれるだけあって、ちょっぴり太ってて背中が丸い。失礼だが、それが可愛らしい。 彼が独身だと聞

          犬が、鳴いた

          (小説)山に眠る鳥たち・スピンオフ「納豆屋のゆうれい」

          ーー25歳でこの世から旅立ってしまった絵里奈。夫の俊、両親にさよならも言えずに世界を隔ててしまった絵里奈の、その後の不思議なお話。ーー

          有料
          100

          (小説)山に眠る鳥たち・スピンオフ「納豆屋のゆうれい」

          (小説)山に眠る鳥たち -12-

           2017年 3月。  届いた冊子は100冊。50冊にずつに分けて梱包された段ボールが2つ。配達した男性はこともなげに運んできたが、私より先に持ち上げた真紀ちゃんの細い腕が重みで震えている。私も段ボール箱を持とうとするが、上がらない。 「真紀ちゃんよく持てるね」  持ち上げるのを諦めて、側面から手で押して、私は居間まで箱を移動させた。 「いつも、楽器持って移動してるからね」  真紀ちゃんは細い腕を九十度に曲げて力こぶを作って見せる。触らせてもらったら、硬くてみちみちだった。

          (小説)山に眠る鳥たち -12-

          (小説)山に眠る鳥たち -11-

          柱時計が12回鐘を打った。俊君が正確に針を合わせてくれたので、年季が入って遅れがちな柱時計は立派に仕事を果たすことができた。日向叔父さんも鐘を聞いて起き出して、みんな揃って新年を迎えた。今年もよろしくお願いしますと言い合った後、急速に祭りのピークが過ぎた気だるさが訪れ、皆疲れたような重い空気になった。私が真紀ちゃんを見遣ると、真紀ちゃんはピンと気づいて、にやっとした後、台所へ行った。 「そろそろアイス食べない?」  吹雪の中、部屋を暑くして酒を呑んで、すっかりのぼせてしまっ

          (小説)山に眠る鳥たち -11-

          (小説)山に眠る鳥たち -10-

           大晦日朝。  障子戸を開くと外は真っ白だった。どうりで全く外の音がしない訳だ。雪の夜は空気の粒が動く音さえも耳に届きそうなほどの静寂だ。太陽が上がるにつれ、青みを帯びた雪のスクリーンはオレンジ色に変化し、やがて光を強く跳ね返すまでになった。  三人で話し合って、雪が降る前に、地震で崩れかけた車庫に工事を入れた。真紀ちゃんと俊君の車は家の前に野晒しで停めていたので、これから購入する予定の私の車と三台分収納できるように建て増しした。費用は三人で工面するつもりだったが、有紀叔母さ

          (小説)山に眠る鳥たち -10-

          (小説)山に眠る鳥たち -9-

           段ボールにぎっしり詰められた書籍。ママが持ってきた大学の教科書だ。私の前に現れたママは、兄と私を医者にするべく熾烈な受験戦争を勝ち抜いた自信を再び漲らせていた。おそらくパパはママを止めたはずだ。私に構うなと。だが、聞く耳なんてママにあるわけない。厄介な人だ。 「ねぇ、リフォームの話、どうなった? そうね、ここに本棚を造り付ければ教科書全部入るんじゃない? それに明るさも足りないからライトをもう少し増やして……」  真紀ちゃんが細部までリフォーム案を詰めていたのに、ママは独断

          (小説)山に眠る鳥たち -9-

          (小説)山に眠る鳥たち -8-

          「本当に大丈夫なのか」  パパがテーブル越しに向かい合った私に訊いた。地震が起きてから、パパは仙台支社に来ることが多くなって、私はママに内緒で泉ヶ岳の山小屋カフェにパパを呼び出した。ボサノヴァが流れている。吹き抜けの天井にはシーリングファンが回り、対面カウンターの奥に大きな焙煎機がある。コーヒー豆を煎ったスモーキーな香ばしさが強く店内に充満している。お客さんはカウンターに二人、テーブル席に女性の二人連れ、そして私とパパ。外に向かって開かれた小窓からは室内と同じくらいの暑くも寒

          (小説)山に眠る鳥たち -8-

          (小説)山に眠る鳥たち ー7ー

           一日に二回しか回収に来ない郵便ポストの前に立つ。投函すれば後戻りはできない。 「今、どうしてる?」って訊かれたら学生って言おう。「恋人は?」って訊かれたらありきたりに募集中って答えよう。大丈夫だ。結婚式くらい参列できる。湿気っぽい葉書を私はポストの口の奥に突っ込んだ。  薄暗い山道はセミとコオロギが泣き声を重ねていて、辺り一帯の緑の中に、黄と赤と茶のアクセントが現れ始めた。秋が静かに風景の中へと流れ込んできている。  肌に纏わりつく霧雨が朝から続いて、湿気でピアノのコンディ

          (小説)山に眠る鳥たち ー7ー

          (小説)山に眠る鳥たち -6-

           夜明けまでにはまだ少し早い。地震の時に守り抜いたおばあちゃんのアンティークランプの丸い電球だけが部屋を照らしている。真紀ちゃんがおばあちゃんの大切にしていた道具たちをいたく気に入って、好きなようにしているけれど、このミルクガラスのランプだけは、どうしても真紀ちゃんに触らせたくなくて自室に持ち込んだ。ベッドの上で寝返りを打って、よじれたオルケットを掛け直す。体全体からじわりと汗が滲み出ている。ベッドの左脇のガラス窓をスライドさせると、カーテンはゆらぎ、ひんやりする風が通った。

          (小説)山に眠る鳥たち -6-