記事一覧
(小説)山に眠る鳥たち -9-
段ボールにぎっしり詰められた書籍。ママが持ってきた大学の教科書だ。私の前に現れたママは、兄と私を医者にするべく熾烈な受験戦争を勝ち抜いた自信を再び漲らせていた。おそらくパパはママを止めたはずだ。私に構うなと。だが、聞く耳なんてママにあるわけない。厄介な人だ。
「ねぇ、リフォームの話、どうなった? そうね、ここに本棚を造り付ければ教科書全部入るんじゃない? それに明るさも足りないからライトをもう少
(小説)山に眠る鳥たち -8-
「本当に大丈夫なのか」
パパがテーブル越しに向かい合った私に訊いた。地震が起きてから、パパは仙台支社に来ることが多くなって、私はママに内緒で泉ヶ岳の山小屋カフェにパパを呼び出した。ボサノヴァが流れている。吹き抜けの天井にはシーリングファンが回り、対面カウンターの奥に大きな焙煎機がある。コーヒー豆を煎ったスモーキーな香ばしさが強く店内に充満している。お客さんはカウンターに二人、テーブル席に女性の二
(小説)山に眠る鳥たち ー7ー
一日に二回しか回収に来ない郵便ポストの前に立つ。投函すれば後戻りはできない。
「今、どうしてる?」って訊かれたら学生って言おう。「恋人は?」って訊かれたらありきたりに募集中って答えよう。大丈夫だ。結婚式くらい参列できる。湿気っぽい葉書を私はポストの口の奥に突っ込んだ。
薄暗い山道はセミとコオロギが泣き声を重ねていて、辺り一帯の緑の中に、黄と赤と茶のアクセントが現れ始めた。秋が静かに風景の中へと
(小説)山に眠る鳥たち -6-
夜明けまでにはまだ少し早い。地震の時に守り抜いたおばあちゃんのアンティークランプの丸い電球だけが部屋を照らしている。真紀ちゃんがおばあちゃんの大切にしていた道具たちをいたく気に入って、好きなようにしているけれど、このミルクガラスのランプだけは、どうしても真紀ちゃんに触らせたくなくて自室に持ち込んだ。ベッドの上で寝返りを打って、よじれたオルケットを掛け直す。体全体からじわりと汗が滲み出ている。ベッ
もっとみる