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ふたりの朝

絵具を付けた筆をそのままに、リサはベッドに潜り込んでしまった。「近頃、スランプなんだ」と、リサからは何度も訴えられていた。

リサとるりが一軒家で同棲を始めて2年になる。この家に入った初日、るりは、リサはきっと北側の部屋を自室に選ぶだろうと思っていた。だが、リサが選んだのは東側の部屋だった。小さい窓しかない北部屋は、「外が見えなくてイヤ」なのだそうだ。

リサは絵を描いている。絵の他にも、アクセサリーを作るのも上手だ。でも、それだけ売っていても暮らしていけないからと、ネイリストの資格も取って、フリーで営業している。

リサの部屋にはえんじ色のとろっとした柔らかいカーテンが掛けられている。半端な位置でだらしなく止まるカーテンの奥から、朝の光が差し込んでいる。パレットに置かれた色には全てグレーが混じっている風で、廃れた雰囲気がつんと尖っている。作りかけの指輪のいぶし銀、深紅のバラのドライフラワー。微動だにしないベッドの上。リサの部屋の朝は、るりをうっとりさせる。

「すぐ食べられるようにしておいたから。行ってきます」

くぐもった、うん、だけがるりに届く。たまにリサにはこんな日が訪れる。細やかな神経に、よく揺れ動く心。るりと映画に行っただけでも、リサは疲れ切ってしまう時がある。

徒歩10分で、るりはアルバイト先のアンティークショップに着いた。ここにリサが現れた時は、本当に驚いた。リサの描く絵をネットで見つけて、もう何年もるりはファンだったから、まさか本人のほうから来てくれるなんて思いもしなかった。実物のリサを前にして、彼女になら身も心も捧げてもいいと、一瞬にして沸き立った衝動が全身を貫いた。灯ったのは恋心だった。

今まで男性としか付き合ってこなかったのは、偶然だったのだな、とるりは思う。男性とか女性とか、それだけで自分は人を見ていたのではないことに、るりは気がついた。るりはリサをこのまま手放したくなくて、顧客管理のためと説明して住所を書いてもらった。リサは二駅先のエリアに住んでいた。電話番号も同時に知った。

たまたまを装って、何度も顔を合わせた。次第に会話も生まれた。るりは告白に踏み出せない。同性愛を、リサは気持ち悪いと思うだろうか。

一軒家のシェアの話を持ち掛けてきたのは、リサのほうからだった。るりは天にも昇る心地だった。だが、リサを好きな気持ちが、るりを地面に強く留めたままだ。気持ちを告げずにリサと一緒に住むことは、リサを騙していることになる。

「リサ、私はあなたを友だちではなくて、恋愛的な意味で、好きです」

るりは顔を上げられなかった。リサの顔が歪むのを見たくなかった。

「わかった。私も、るりのこと好きよ」

さらりと、ごく自然にリサはるりを受け入れた。

日が暮れて、るりは店を出た。りさは朝ご飯を食べてくれただろうか。

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