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犬が、鳴いた

仕事が、どっちを向いても、うまくいかない。

在宅ワークがしたくて会社を選んだわけじゃない。それに、出世もそんなに望んでない。普通に、淡々と、ただの会社員をしたかっただけだ。

それなのに、なんでこうなるんだろう。

新型コロナのせいで、したくもない在宅ワーク。まぁ、週2くらい会社には行ける。けど、新採にそれはツラい。

直属の上司は男性で、自分より15も上だ。みんなにパンダさんと呼ばれるだけあって、ちょっぴり太ってて背中が丸い。失礼だが、それが可愛らしい。

彼が独身だと聞いて、好きになってしまうかもしれないと思った。

最初は、優しかったから。

在宅ワークに切り替わる中で、分からない仕事を教えてくれる人が激減した。そもそも新卒に、会社での人脈なんて存在しない。

モニター越しに毎日会ったとしても、誰もかれも遠い。細かい部分こそ知りたいのに、細かいがゆえに聞けない。自分が逆の立場だったとしても、わざわざ仕事を中断して、別のウインドウを拡大して、説明して、また自分の仕事を広げて、を何回も繰り返されたら、うんざりすると思う。だから、聞けない。

パンダ上司がだんだん冷たくなっていく。それでも、私は聞く。だって、他に聞ける相手がいないから。

「いろんな人に聞いてみて」

それは、冷たい縁切りの言葉だ。誰に聞けというのだ。どうしてこのツラさをわかってくれないのだ。人脈を築けない私は「失格」なのか。「無能」なのか。酷すぎる。

「そっちの判断で、資料作ってもらっていいから」

そっちの判断、って? 途方に暮れる。他の人の過去の資料を必死で見るけど、疑問符が積み重なっていく。そっちの判断なんて、「自主性」っていうオブラートに包んだ、丸投げだろ。振られる仕事には漏れなく「そっちの判断」がくっ付いてくる。

出社しても、人数調整で数人しか会社にいない。形だけの挨拶をして、いつも家でする仕事を会社でするだけ。やっぱり、人は遠い。広い空間では、余計に独りぼっちが際立つ。流れてくる誰かの会話や笑い声が、背中を突き刺してくる。

一人暮らしは話し相手が自分だけだ。仕事もせずに、かわいらしい犬の動画を続けて観る。飼い主への愛を存分に見せつける彼ら。その毛並みに従って撫で、丸い潤んだ瞳で見つめられたら、きっと、たぶん、私は、ちょっぴり元気になれるかもしれない。

「犬でも飼おうかな。ここ、ペットいいんだっけ……?」

「いやいや、世話が大変じゃない?」

大好きな山登りに、しばらく行っていない。得意な英語も、ここ数年まともに話せていない。世界がこんなことになって、英語を生かせる日は戻ってくるのだろうか。山に行くまでの気力さえ、なくなってしまった。

普通の会社員になる夢は潰えた。このままここに居たら、ただただ、会社に身も心も吸われていくだけだ。生きるために働いているのに、働くほど死にそうになる。

「もう、会社辞めよう」

「そうだね……」

すいぶん前からそう思っていた気がする。

動画のポメラニアンが、尻尾を振って、キャンと鳴いた。

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