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『サワー・ハート』ジェニー・ザン

読む前の情報が少ない。

note読書の秋2021の課題図書に手を出してみようと思い、初めに入手した本がジェニー・ザンの『サワー・ハート』(河出書房新社)でした。
白と、薄緑のゼリー。
爽やかな色合いの表紙。素敵。

そして情報は、河出書房新社HPの

毎朝起きるとゴキブリまみれ、残飯を求めゴミ箱に飛び込む──。注目のアジア系アメリカ作家が描く、上海からニューヨークへ移住した極貧一家で育つ少女のダークでコミカルな連作短編集。

という内容説明のみ。
その他販売サイトやレビューサイトでも、これ以上の何かを得ることはほとんどできませんでした。

「中国からアメリカに移り住んだ女の子の話」

これだけがわたしの『サワー・ハート』を読む唯一の導入だったんです。

この作品は7篇の短編小説が収録された短編集です。
タイトルにもなっている「サワー・ハート」を含め、いずれも中国からアメリカに移った少女とその家族を描いています。 
各話ゆるゆるとした人物の繋がりがありました。

幼い少女が語り手なためか、目を瞑りたくなるような貧しい生活の描写、リンチ、性暴力、猥談も読み手に強烈な拒否感を抱かせることはありません。
ちょっとビビりましたが、読むのをやめることはなかったです。

淡々と少女の見たもの、考えたことをありのまま読み進めていくのです。
かなり写実的なので映画を見ている感覚に近いかもしれません。

きっと訳がいいのでしょう。
幼い少女の純粋な失望、怒り、愛。それらを羅列するごちゃごちゃした思考が損なわれることなく邦訳されているのだと思います。

巻末の解説にもありますが、一ページの文字が異様に多い。しかしその多さに圧倒されることこそあれ、読めないなどということはありませんでした。

どの話も中国から移住してきた移民の家族が描かれています。
最初は想像を絶する貧困や暴力に、どこか別世界のような感覚を覚えてしまいました。わたしは日本に住む日本人です。どれだけ文章を読んでも実感できないこともあるでしょう。
しかし妙に共鳴する物語も出現します。
「弟の進化」は姉離れ・母離れする弟と、時間と共に変わっていった関係が描かれています。
「なんであの子たちはレンガを投げていたんだっけ?」は、過剰に孫を愛する祖母との思い出を主人公が回顧する物語でした。
ここあたりには、普遍的な人間臭さが表れているなと。

この本に登場する人物たちは苦しんでいます。
理不尽な暴力や貧困に、どうにもできない家族に、そして自分に。
泣きながら笑い、笑いながら怒っているのです。
その溢れ出た感情が、圧倒的な力を持って読み手に訴えかけてきます。
これを生きている。ここにいる。こうして進んでいくと。

アメリカ人。中国人。
自分のルーツ。
言語や家族の形態など、多くの問題が表れているとも感じました。

この物語を読んでいる際に思い浮かんだのは、映画「グッバイ、レーニン!」です。子供がつらつらと現状を喋るところからの連想でしょう。
あの映画は「信頼できない語り手」が登場する作品でもあります。
この小説の語り手は多くが幼い少女です。語りに信頼できない部分もあり、裏事情や他の人が語ればどうなるのかとも考えると、ここからも彼女たちの一言では語り得ない複雑な環境が伺えますね。

ジェニー・ザンとは、形容し難い不安定な状態を的確に言葉にする天才だと感じました。
怒り失望し、笑って泣き、拒絶して受容する。
そんな愛と痛み。
生々しい言葉に、読み終わった後はしばらくその余韻に浸っていました。
抜け出せなかったという方が適切かもしれません。

本を閉じたとき。
sour heartひねくれっこは、それでも歩み続けていくんだという叫び声を聞きました。

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