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愛してくれと言ってくれ⑱
メイが働いていた店は
八百屋とスーパーが合わさったような
必要最低限のものは揃う
個人経営の店だった
そこには
高校生のアルバイトも2人いた
もちろんメイのことは知らない
いろんな話をしていたけれど
メイがそれに加わることはなかった
ただ聞いていた
それは
すぐそばで繰り広げられている話なのに
とても現実のこととは思えないくらい
キラキラした世界だった
一人の子は
社会人の彼がいることを自
愛していると言ってくる⑰
案の定
父は戻ってきた
それもとても嬉しそうに
そしてメイの顔を見るなり言った
「父さんに彼女ができたんだぞ!」
父は今まで見せたことのない笑顔で
彼女の自慢を始めた
彼女の前の旦那さんは
一流企業の偉い人で
離婚の慰謝料がウン千万あること
彼女がとても優しく
母とはまったく違うこと
そして最後に
「父さんはこれから彼女と暮らすから」
そう言って
テーブルの上に幾らかのお金を置いて
出て
愛していると言ってくれ⑯
母が消えた後の父の混乱ぶりと
落ち込みは
メイはから見ても目に余るものがあった
できるだけ
今まで通りに振る舞っていたが
ある日
書き置きを残して父は行方をくらました
遺書とも取れる文章が
そこには記されていた
「〇〇(母の名前)
やっぱりお前の勝ちだね」
「もう生きている意味もない」
メイはとても冷静な気持ちで
その文章を読んだ
そして確信した
父は死なないだろう
正確には死ねないだ
愛していると言ってくれ⑮
それは突然だったような気はするけれど
遅かれ早かれこんな日はくるのだろうと
心のどこかでメイは感じていた
中学一年の正月だった
ただ同じ家にいるだけの
家族ではないバラバラの正月
父は初日の出を拝みに
山へ行っていた
「1月3日には帰る」
そのわずかな隙で母は男と逃げた
相手はパート先の若い同僚
母が家を出る予兆を
メイは肌で感じていた
数ヶ月前からくるようになった
訪問販売の化粧品の
愛していると言ってくれ⑭
仲の悪い夫婦だった両親だが
なぜか正月に父の親戚が一斉に集まるという
習わしがあった
母は行きたくないしか言わない
メイもできれば行きたくなかった
父は昭和の子だくさん家族の下の方
他の兄妹たちはそれなりに
家を持ち
車を持ち
ゴルフを楽しみなどという余裕のある生活
比べてうちは
毎日が夫婦ゲンカ
そのほとんどが
お金がない
それなのに見栄っ張りな父と母
一年にたった一度
数時間の集まり
愛していると言ってくれ⑬
盲腸で入院した時も
風邪をひいて熱を出しても
母は看病をしない人だった
周りは
「風邪をひくといつもより美味しいプリンが食べられる」
なんて言ってたけど
何そんなことってあるの?
メイには理解できない
けれど
母が風邪で寝込んだ時
幼稚園児のメイは
一生懸命考えて
ホットミルクと卵焼きとお粥を
寝ている母の枕元に持っていった
「お母さん、食べて」
一瞥した母が言った
「これを、ありがと
愛していると言ってくれ⑫
メイの育った環境は過酷だったが
それでもメイは今やっと
自分は運が良かったと思うこともある
メイは親が死に泣くという気持ちがわからない
メイには想像がつかない
芸能人の親が亡くなり
お葬式で子供が泣きながら親への思いを語る
メイは子供の頃から
それを不思議に思いながら
「きっとこれは悲しい気持ちなんだろう」と思ってきた
メイの親はとっくに死んでいる
どこで死んだかは知らない
実の親が死んで
愛していると言ってくれ⑪
メイの居場所はどんどん
なくなっていった
家はいつ殴られるかわからない恐怖
転校ばかりでどこにも馴染めなかった学校は
イジメの標的になった
メイは背が高かった
一番前になっても
後ろから2番目
それも恰好の材料だった
メイは次第に
自分のことを話さなくなった
話すことがないからというのが理由だが
それが自分の身を守る最善策だと悟ったからだ
だからせめて
転校先の地域の行事や習わしだけは
愛していると言ってくれ⑩
もともとお金があった2人ではない
父と母には
借金癖があった
昔の借金の取り立ては本当に怖い
メイが小学生の時
父と母が
懲りずに借金を繰り返した
挙句、返済できない
子供だったメイにとって
それがどういうものかはわからない
ただ車が停まり
ドアがバンッと閉まる音がするのがその合図だ
もはや逃げられないところまできた両親は
メイに言った
いくら借金取りったって子供には手を上げない
だか
愛していると言ってくれ⑨
幼稚園
周りの子たちは伸びた髪を
お下げや三つ編みやポニーテールにし
母親が結んで
可愛いリボンをつけた子もいた
内心「いいな、可愛いな」と
思いながらもメイは
自分には関係ないことだと言い聞かせていた
いつも機嫌が悪い母に
髪を結って欲しいとは
口が裂けても言えない
伸びっぱなしでボサボサの髪を
メイは自分でなんとかしようとした
それでもやはり
幼稚園児の手では限界がある
ある時
迷いな
愛していると言ってくれ⑧
メイは転校を繰り返した
小学校は4回
少しずついろんなことが変わりはじめているのを
肌で感じながら
あと何年と
自分が大人になる日だけを
指折り数える毎日
それが唯一の
メイにとっての希望だった
日々の出来事は
あまりに辛すぎた
千葉から埼玉に越した時も思ったが
群馬に越して更に思った
居場所がなくなっていく、と
群馬県が悪いわけではない
出来上がっている
コミュニティへ入っていく
よ
愛していると言ってくれ⑦
「私はあの商社マンだね、ま、年収はいいし出世したらいずれ駐在マダムも夢じゃない!」
「なら私は斜め向いの広告代理店で手を打つか」
レイコとマリは、今の今まで目の前に鎮座していた男たちの品評会で盛り上がっている
「ねぇ、メイは?誰狙い?」
「私、そうだな、今日は収穫なしだね」
「えー、メイいっつもそれじゃん。理想高すぎない?」
「ふふふ」
冷めた肉を突きながらメイはふと思った
「親の馴れ初めっ
愛していると言ってくれ⑥
幼稚園に通うまで
歯医者に行ったことがなかった
歯磨きということも知らなかった
園の検診で虫歯だらけの歯を治すような内容の
通知があったのだろう
母の機嫌はいつも悪いが
その日は増して酷かった
何をされるのかわからないまま
手を引っ張られて連れて行かれた歯医者は
今とはまるで違う
暗くて怖い空間だった
何をされるかわからない
冷たい椅子に座らされ
口を開けると
想像以上の痛さに堪え切れず
私
愛していると言ってくれ⑤
私には妹がいる
正確にはいた
他にも異母異父兄妹がいる
だから私は長女でありながら
5人兄弟
けれど異母異父兄妹誰とも会ったことがない
唯一
一緒に暮らしていた6歳下の妹がいた
私が「妹か弟が欲しい」と珍しく言ったからだと
長い間信じていたが
赤ちゃんができた時
母は言った
「こんな子、生まれてきたらコインロッカーに
入れてやる!」
当時、生まれたばかりの乳飲み児を
コインロッカーに棄てると
愛していると言ってくれ④
父は私には関心のない人だった
父は背が低い
とは言っても当時の男性では普通の部類
母が高かったのだ
昭和一桁より少し後の生まれだが
164センチあった
バレーボールと陸上部にいたらしい
インターハイにも出たらしい
当然父よりも背は高く
ノミの夫婦なんて言葉はあるが
父のプライドが許さなかったのだろう
私は見事に母の遺伝子を受け継いだ
背は高いし
歳を重ねてからは顔つきもそっくりだ
そんなふ
愛していると言ってくれ③
はじめに壊れたのは母だった
ただそれは群馬に引っ越すずっと前からだ
はじめは叩かれた
それからだんだんと
殴る蹴る
押し入れに閉じ込める
部屋の片隅に閉じ込める
家事や洗濯をさせられる
雪の降る日に裸足で外に立たされる
と少しずつエスカレートしていった
千葉県にいた頃だろうか?
雪の日に外に立っている私を近くの家のお婆さんが心配して家に上げてくれた
コタツに入ってあったかい飲み物を出してくれた