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愛していると言ってくれ⑮

それは突然だったような気はするけれど
遅かれ早かれこんな日はくるのだろうと
心のどこかでメイは感じていた


中学一年の正月だった
ただ同じ家にいるだけの
家族ではないバラバラの正月

父は初日の出を拝みに
山へ行っていた

「1月3日には帰る」

そのわずかな隙で母は男と逃げた
相手はパート先の若い同僚

母が家を出る予兆を
メイは肌で感じていた

数ヶ月前からくるようになった
訪問販売の化粧品のセールスの女性

そんな化粧品を買うお金はどこにあるのだろう
というくらい
母の化粧品は見る見る増えていった

それは
父に服を買うことを禁じられていた母の
復讐劇の始まりだった

「結婚した女が着飾る必要はない!」が
父の口ぐせ

母は女としての価値が落ちていくことが
耐えられなかったのだろう

化粧品のセールスの女性は
いつも高そうな服を着ていた
当時としては珍しく
室内で小型犬を飼っていて
指にはたくさんの宝石をつけていた

羨ましかったのか
悔しかったのか

男と逃げた母が
その後どうなったかメイは知らない

中学一年で生き別れて
それっきり

この世にいないことだけは
知っている

当時
1月3日の父の帰ってくる前に
母を探し出さなければと
メイは正月の町を歩き回った

引越しばかりしていた母に
親しくしていた人はいない
唯一思い浮かぶのは
あの化粧品セールスの女性
正月に突然訪ねて
「母の居場所を知りませんか?」と聞いても
そんなの知る由もない

1月3日の夜
山から帰った父は激怒して
メイを殴って蹴った

「あの女を何処へ行った!」
「どうしてちゃんと見張ってなかった!」
「お前が逃したのか!」

父の混乱ぶり
消えた母

そうして
当たり前のように
家族は崩壊した

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