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愛してくれと言ってくれ⑱

メイが働いていた店は
八百屋とスーパーが合わさったような
必要最低限のものは揃う
個人経営の店だった

そこには
高校生のアルバイトも2人いた
もちろんメイのことは知らない

いろんな話をしていたけれど
メイがそれに加わることはなかった

ただ聞いていた
それは
すぐそばで繰り広げられている話なのに
とても現実のこととは思えないくらい
キラキラした世界だった

一人の子は
社会人の彼がいることを自慢し
もう一人は
家族のことを話していた

仕事が終わる午後9時
店のオーナーが
「みんなで○○へご飯食べに行きましょう」と
言って誘う

そして決まって
「メイさんはまた今度ね」と言う

メイは知っている
「今度」が永遠に来ないことを

けれど「はい」と返事をして
自転車に跨り
誰も待っていない家へと急ぐ

次の日のお弁当の準備があるからだ

田舎の夜9時は
びっくりするほど
暗くて
誰も歩いていない

自転車の車輪が突然重くなる
何かが絡まったのはわかる
けれど何なのかは見ない
見なくてもわかるから

蛇だ

怖い
メイは怖くて叫びたい気持ちを抑えて
ペダルを漕ぐ

そうすればそのうち
絡まった蛇は落ちるから

落ちろ落ちろと
目一杯の力で
ペダルを漕ぐ

そうして週5日
中学校が終わるとすぐバイトをする
日々だった

楽しいとか
嬉しいとか
感じる余裕はなかった

ただ毎日淡々と
時間になったら
起きて
ご飯を食べ学校へ行き
バイトして夜帰り
翌日の支度をして寝る

家には誰もいない

ただいまもおかえりもない

13歳の冬から
高校を卒業するまで
その繰り返しだった

それでもメイは思った
父と母に
殴られ蹴られ
ご飯をもらえず
ケンカの仲裁をし
借金取りに頭を下げる生活より

何倍も何百倍も
幸せだと

そう言い聞かせるしか
メイが生きる希望がなかったのかも知れない

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