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相地
2019年7月7日 21:00
タタンは、きっと覚えていない。でも、私は覚えている。カトルは、きっと忘れてる。でも、僕は思い出せるよ。これから先も、ずっと。*「カトルカトル、 ぼく、行ってみたいところがあるんだ」ぼくがそういうと、カトルに、もくもくと雲がかかった。ぼくは、あわてて手ではらったけど、カトルにさわってみたら、すごく冷たくなっていた。「タタン、」「今日だけだよ」ぼくは、ぼくの手よ
2019年6月23日 21:00
さらさらゆれる、小麦畑。ずっと、ずーっと遠くの方まで、つづいてる。小麦の方が、ちょっとだけ、ぼくより大きい。だから、ぼくがそのなかを進んでいくと、小麦の穂が、さらさら、さらさら、顔にあたる。「タシル、タシル」「ああ、タタンか」まっ赤に日焼けしたタシルが、小麦の海から、ひょっこり顔を出した。タシルは、ぼくよりずっと大きいから、すぐに、ぼくを見つけてくれた。いつものように、
2019年6月9日 21:00
ちかっと光がまたたいた。光。光の匂い。この匂いは、朝の匂い。「ごめんね」ぼくは、射してくる光にふれた。「まだ、だめなんだ」ふっと息をふきかけると、光は少しずつ、少しずつしぼんでいった。まるで、花が萎れてくみたいに。それから、辺りはまた暗くなった。夜が、戻ってきた。……ううん、ぼくが戻したんだ。「カトル」カトルは、なにもこたえない。眠ってるから。ずっとずっと、眠っ
2019年5月26日 21:00
「もうアップルパイは作らないでね」 それが、おやつを作るときの決まり文句になった。汗までかいているタタンの頬をそっとなでて、私はこう言う。「大丈夫よ」きっかけは、リンゴを煮つめていたときに、タタンに火の番をさせたことだった。私がいつものカトラリーをどこかにやってしまって、庭まで探しに行っていたからだ。タタンは、何度も鍋をのぞいては、リンゴを焦がしてしまわないように気をつけてい
2019年5月12日 21:00
「おはよう、カトル」『おはよう』は、起きてる人にするあいさつだ。だから、カトルは答えない。まだ、寝てるから。こんなことは初めてだ。カトルはいつも、ぼくよりずっと早く起きる。ぼくが起きたときには、朝ごはんができてるように。ぐうぐう眠ってたぼくの鼻がひくひくと動いて、パンが焼けるいい匂いをかぎつける。ぼくは起き上がって、梯子をとととと下りる。キッチンに行くと、カトルがちょうど
2019年4月28日 21:00
しゃんとん、しゃんとん。たんとん、たんとん。たんたん、たんたん。たたん。たたん。タタン。「カトル?」庭に、さあっと風が吹く。ぼくの頭をそっとなでてくれる風。カトルみたいに、やさしい風。でも、これはカトルじゃない。カトルは今、家の中にいる。もうすぐ、おやつの時間だから。「……」ぼくは、少しだけがっかりする。カトルが、名前を呼んだのかと思ったから。カトルが付けてくれ
2019年4月14日 21:00
「カトル、カトル」「なあに?」「ぼく、すごいことを発見したよ」「すごいこと?」「こうして、こうやってね」「うんうん」「こうして、カトルをぎゅっとしてね、」「あら、あなたがこうしない日なんてあったかしら」「そうじゃないよ、カトル。目をつぶってみて」「……」「……」「……あら、花の匂いがする。カモミールかしら」「その匂い、カモミールなんだ!やっとわかったよ」「カモミール……
2019年3月24日 21:00
タタン。ぼくの名前。大好きな名前。口ずさむと、すごく楽しい。大好きなカトルが付けてくれた名前だから、大好きにきまってる。カトル?カトルはね、ぼくのお姉さんだよ。ぼくが、世界で一番大好きなひと。それから、父さんもいる。ぼくはちがうけど、カトルは父さんがこわいみたい。だから、父さんのことはあんまり好きじゃないときもある。そういうときも、生きているときっとあるんだよって、ず
2019年3月1日 16:42
「タタン、それは後回しにして」 今からやろうとしていたことを遮るのは、人をがっかりさせるのだから、やめておきましょうね。 カトルは前に(本当にずいぶんと前のことだけど)そう言っていたから、僕はがっかりした。 カトルの言っていることにそっぽを向いてもよかったけど、さっきまでしていたことは、もうあんまりおもしろそうに見えなかった。これはもしかしたら、とんでもなくすてきなものだったかもしれないの