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図書館利用と地域特性:東京都と地方の比較分析

✴︎公共図書館の利用状況の今

まずはこの画像を見てほしい。

図1: 図書館の今:公共図書館の数と貸し出し登録者の推移、および都道府県別1人当たりの年間図書貸し出し冊数.

出典:産経新聞. (2024年6月22日). 図書館の今 公共図書館の数と貸し出し登録者の推移、都道府県別1人当たりの年間図書貸し出し冊数(画像)

この画像は、日本図書館協会の資料に基づいており、日本の公共図書館の現状および、地域による図書館利用状況の差異を示している。

✴︎目的

近年、図書館の利用状況と地域の特性、さらには学力との関連性について、興味深い傾向が浮かび上がってきている。特に、東京都・・・滋賀県・・・など、特定の地域で図書館利用率が突出して高いという事実は、教育や文化政策の観点から注目に値する。本レポートでは、これらの現象の背景にある要因を多角的に分析し、図書館利用と地域特性、さらには学力との関係性、図書館の展望について考察する。

✴︎東京都の事例分析

まず、東京都の図書館利用状況を概観すると、その特異性が際立つ。東京都公立図書館調査によると、令和4年度(2022年度)の統計では、東京都内の個人貸出冊数は約1億852万冊を記録している。これを人口一人当たりの貸出冊数に換算すると、全国平均を大きく上回る約7.78冊(全国1位)となる。この高い利用率の背景には、いくつかの要因が考えられる。

1. 図書館インフラの充実度
第一に、東京都の図書館インフラの充実度が挙げられる。東京都には391館という多数の公立図書館が存在することで、住民の図書館へのアクセスが容易になっている。さらに、東京都の発達した公共交通機関により、図書館への物理的なアクセスが非常に良好である。多くの図書館が駅前や商業施設内に設置されていることも、利用者の利便性を高めている。筆者自身、自転車で15分圏内にある3つの図書館を利用することができる。

2. 図書館サービスの質の高さ
第二に、東京都の図書館サービスの質の高さが指摘できる。多くの図書館が夜間(21:00〜22:00まで)や休日も開館しており、利用者のライフスタイルに合わせたサービス提供を行っている。また、蔵書の充実度も特筆すべき点である。多様なジャンルの書籍を豊富に所蔵し、専門書や学術資料も充実していることで、幅広い利用者のニーズに応えている。

3. デジタル化の推進
第三に、デジタル化の推進が図書館利用を促進している可能性がある。電子書籍の貸出サービスの導入や、オンラインでの予約・延長システムの充実により、物理的な来館を必要としない利用形態が増えている。これは、特に若い世代や仕事で忙しい社会人にとって、図書館利用のハードルを下げる効果があると考えられる。

これらの要因により、東京都の図書館は多くの人々にとって利用しやすい利便性・環境を提供している。しかし、図書館利用の増加の背景には、さらに複雑な社会的要因が存在する可能性がある。ここで一つの重要な視点として浮かび上がるのが、図書館利用と経済格差の関係である。

✴︎図書館利用と経済格差の関係

一部の見方では、東京都における貧富の差の拡大が図書館利用の増加につながっているという指摘がある。東京都の貸し出し冊数が他の都道府県と比較して突出しているのは、貧富の差の二極化が進んでいるという考えが根底にある。つまり、経済的に困難な状況にある人々が、書籍購入の代替手段として図書館を利用したり、無料の居場所として活用したりすることで、全体的な利用率が上昇しているという解釈である。確かに、図書館が提供する無料のサービスは、経済的に制約のある層にとって重要な資源となりうる。

しかし、この見方には慎重な検討が必要である。まず、図書館利用者の経済状況を直接調査したデータが不足しており、貧困層の図書館利用が実際に増加しているという明確な証拠が乏しい。また、図書館利用の増加と貧困の拡大が同時に起こっているとしても、直接的な因果関係を証明するのは困難である。人口推移、教育レベル、文化的背景、個人の興味など、図書館利用に影響を与える他の要因も考慮する必要がある。

これらの複雑な要因を考慮すると、東京都の図書館利用の高さを単一の要因で説明することは適切ではない。むしろ、多角的な視点から分析する必要がある。しかしながら、東京都のアクセシビリティの充実は、経済状況に関わらず、多くの人々が図書館を利用する動機となっていると推察する。図書館の数の多さ、交通の利便性、開館時間の充実、蔵書の多様性、デジタルサービスの拡充など、様々な面での利用しやすさが、相互補完的に幅広い層の図書館利用を促す。東京都の図書館利用の高さとアクセシビリティの関連性は、経済状況に大きく左右されない指標として重要である。

✴︎図書館利用と学力の関係性

従来、図書館の利用率が高い地域ほど学力も高いという仮説が存在していた。特に、雪国や雨の多い地域では、屋内で過ごす時間が長くなるため、読書や学習の時間が確保しやすく、結果として学力が高くなるという見方があった。しかし、実際のデータを見ると、この仮説は必ずしも支持されないことがわかる。

全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を見ると、2024年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果によると、小学6年生の国語と算数、中学3年生の国語と数学のすべての科目において、秋田県、福井県、石川県が上位を占めている一方、東京都は小学校で3位、中学校で4位と好成績を収めている。これは、秋田県が長年維持してきた学力上位の地位を保ちつつ、東京都も高い学力水準を達成していることを示している。

しかし、ここで注意すべきは、全国学力テストの限界である。このテストは主に公立学校を対象としており、私立学校の参加率は低い。2024年度の調査では、私立学校の参加率は37.8%にとどまっている。東京都では学力の上位層が私立に流れる可能性があるため、全国学力テストの結果だけでは、全国の学力を完全に反映しているとは言い難い。

ここまで調査したことから公共図書館利用と学力の関係性を考察すると、両者の間に単純な相関関係を見出すことは困難であることがわかる。公共図書館利用が全国トップクラスの東京都は学力でも上位に位置している一方で、同じく学力上位の秋田県の公共図書館利用は必ずしも高くないことがわかる。秋田県では公共図書館における人口一人当たりの貸出冊数が約2.23冊と全国最下位にとどまっている(図1参照)。この現象には、公共図書館以外の学習リソースの充実、地域の教育文化、デジタル化の影響など、様々な要因が絡み合っていると考えられる。

✴︎秋田県の事例分析

秋田県の高い学力と図書館利用の関係については、詳細な研究が必要であるが、学校図書館の充実度が一因である可能性がある。ニュージーランド国立図書館の報告によれば、学校図書館と司書の存在が生徒の学力に肯定的な影響を与えることが示されている。そこで、秋田県の学校図書館の取り組みについて紹介する。

秋田県では「学校図書館活用教育」が積極的に推進されており、各学校に司書教諭が配置されている。また、秋田県は2010年に都道府県で初めて「秋田県民の読書活動の推進に関する条例」を施行し、「第1次読書活動推進基本計画」(2011~2015年度)を実施した。この取り組みの結果、秋田県内の小・中学校では全校で「朝の読書」活動が広く実施されており、児童生徒の読書習慣の形成に寄与している。これらの活動は学校図書館と連携して行われることが多く、秋田県では学校図書館の利用に力を入れていることがわかる。

Francis, Lance, & Lietzau (2010)のコロラド州での研究でも、学校図書館のスタッフ数が多く、より充実した資料やオンラインリソースを持つ学校の生徒たちは、標準化テストでより良い成績を収める傾向があることが示されている。 特に成績下位層の生徒に対する効果が大きく、学力格差の縮小に貢献する可能性がある。他にも、Kimmel et al. (2019)のペンシルベニア州での研究でも、認定された司書教諭の存在が生徒の読解力と作文力の向上に関連していることが報告されている。これらの研究結果は、図書館の質と学力の間に一定の相関関係があることを示唆している。地域特性による図書館利用パターンは異なるものの、東京都も秋田県も図書館の質が高く、図書館の利用と学力に相関があることが見えてきた。

一方で、近年のデジタル技術の発展により、学習方法も大きく変化していることを忘れてはいけない。オンライン学習リソースの普及や電子書籍の利用増加により、必ずしも物理的な図書館を利用しなくても、多様な学習機会を得ることが可能になっている。このような変化は、従来の図書館利用と学力の関係性に新たな視点をもたらしている。今後更なる研究が進められるだろう。

このような現状や、文部科学省の調査研究を含めて考えると、読書活動や学校図書館を活用した授業に力を入れている学校では、生徒の学力向上が観察されている。しかし、単純に図書館利用頻度が高いだけでは、必ずしも教科の学力が高くなるわけではない。総合的に考慮すると、図書館利用と学力の関係性は、「図書館の質が高く、効果的に活用されている地域ほど学力が高い可能性がある」と言える。

✴︎滋賀県の事例分析

ここで、東京都とは異なる特性を持ちながら、高い図書館利用率を誇る滋賀県の事例に注目したい。図1によると、滋賀県民1人当たりの年間貸出冊数は約6.75冊で全国2位を誇っている。この数字は、全国平均を大きく上回るものであり、滋賀県の図書館が県民にとって非常に身近な存在であることを示している。

◆高い図書館利用率の背景

滋賀県の高い図書館利用率の背景には、いくつかの要因が考えられる。まず、歴史的な経緯として、1970年代後半から80年代半ばにかけて、当時の武村正義知事が文化振興を旗印に掲げ、図書館の整備に力を入れたことが挙げられる。県は各市町村に最低1つの図書館を設置するよう働きかけ、補助金を出して開設を促進した。さらに、選書などを担当する司書の採用と養成にも積極的に取り組んだ。この時期の集中的な投資が、現在の充実した図書館ネットワークの基盤となっている。

次に、図書館のアクセシビリティの高さが挙げられる。滋賀県は比較的コンパクトな県土を持ち、人口分布も均等であることから、多くの住民にとって図書館が身近な存在となっている。また、県立図書館を中心とした相互貸借システムが充実しており、小規模な図書館でも県内の豊富な蔵書にアクセスできる環境が整っている。

◆滋賀県の図書館サービスの特徴

滋賀県の図書館は単なる本の貸し出し場所としてだけでなく、地域のコミュニティセンターとしての機能も果たしている。例えば、守山市立図書館は2022年11月にリニューアルオープンし、「本の森」をコンセプトに内外装にふんだんに木を使用するなど、魅力的な空間づくりに成功している。その結果、リニューアル後2ヶ月間の貸出冊数は前年同期比58%増、新規登録者数は15倍に増加した。特に10代の利用者が93%増加したことは、若年層の図書館離れが懸念される中で注目に値する。

滋賀県の図書館サービスの質の高さも重要な要因である。滋賀県立図書館では、インターネットを通じた予約や貸出状況の照会ができる「Myライブラリ」サービスを提供しており、デジタル時代に対応した利便性の高いサービスを展開している。このようなオンラインサービスの充実は、特に若い世代や仕事で忙しい人々にとって、図書館利用のハードルを下げる効果がある。

滋賀県の事例は、図書館利用率の向上には、単に図書館の数を増やすだけでなく、地域特性に合わせた運営、そして長期的な視点での投資が重要であることを示している。これは、東京都の事例とも共通する点であり、図書館政策の成功には複合的なアプローチが必要であることを示唆している。

◆滋賀県の学力分析

滋賀県の図書館利用と学力の関係について考察すると、興味深い矛盾が浮かび上がる。滋賀県は図書館における県民1人当たりの年間貸出冊数が全国2位であると述べた。一見すると読書活動が盛んで教育環境が整っているように見える。

しかし、この高い図書館利用率は必ずしも学力向上に結びついていないのが現状である。全国学力テストの結果を見ると、滋賀県は10年連続で全ての科目において全国平均を下回っており、特に2024年度の調査では小学6年生の国語が全国最低タイの45位という深刻な状況に陥っている

この矛盾は、滋賀県の図書館が量的には充実しているものの、質的な面で学習支援に適していない可能性を示唆している。図書館の利用が必ずしも効果的な学習や読解力の向上につながっていないことが推測される。例えば、長文の読解力や自分の考えを文章にまとめる能力に課題があるという指摘は、図書館の利用が単なる本の貸し出しに留まり、深い読解や思考力を養う活動に結びついていない可能性を示している。

また、時間内に問題を解き切れない生徒の割合が全国平均より高いという事実は、図書館利用が効率的な読書や時間管理能力の向上に寄与していないことを示唆している。つまり、図書館の利用が量的には多くても、質的な学習や能力開発に結びついていない可能性が高いのである

このような状況を踏まえると、滋賀県の図書館は利用率の高さだけでなく、その利用の質や学習効果を高めるための取り組みが必要だと言える。単に本を借りる場所としてだけでなく、効果的な学習支援や読解力向上のためのプログラムを提供するなど、図書館の機能を再考する必要があるだろう。また、学校教育と図書館利用をより密接に連携させ、総合的な学力向上策を講じることが求められる

東京都や滋賀県の事例が示すように、図書館利用率の高さには地域特有の要因が大きく影響している。しかし、これらの事例を他の地域、特に学力との関連で注目される地域と比較することで、さらに興味深い洞察が得られる可能性がある。

✴︎まとめ

結論として、図書館利用と地域特性、学力の関係は複雑であり、単純な因果関係で説明することは困難である。東京都や滋賀県の事例が示すように、図書館の高い利用率は、アクセシビリティの向上、サービスの質の高さ、地域に根ざした運営など、複合的な要因によるものと考えられる

図書館利用と学力の関係性については、図書館の質が高く、効果的に活用されている地域ほど学力が高い可能性があることが示唆された。今後、図書館が提供する多様な学習機会や情報リソースが、どのように個人の知的成長や学力向上に寄与しているのかを、より詳細に分析することが求められる

✴︎今後の図書館のあり方

デジタル時代における図書館の役割について興味深い研究がある。Aabø & Audunson (2012)の研究では、公共図書館が地域社会における「低強度の出会いの場」として機能し、社会的包摂や民主主義の促進に寄与していることが指摘されている。このような社会的機能は、オンラインサービスの充実と並行して、物理的な図書館空間の重要性を示唆している。今後の図書館のあり方としては、以下の点が重要となるだろう。

  1. デジタル化への対応:電子書籍の提供やオンラインサービスの拡充など、時代のニーズに合わせたサービスの進化が求められる。

  2. 地域特性の活用:各地域の特色や強みを活かした独自のサービスを展開し、他地域との差別化を図ることが重要である。

  3. コミュニティの中心としての機能強化:図書館を単なる本の貸し出し場所ではなく、地域の人々が集い、学び、交流する場として位置づけることが求められる。

  4. 学習支援の充実:学校教育との連携を強化し、子どもたちの学習をサポートする機能を拡充することが重要である。

  5. 専門性の向上:司書の専門知識や技能の向上を図り、利用者に対してより質の高い情報サービスを提供することが重要である。また、司書資格保有率1位の滋賀県が学力的には振るわなかったことを考慮すると、司書が担う学力面のサポーターとしての専門性についても議論する余地がある。

  6. 持続可能性への配慮:環境に配慮した運営や、地域の持続可能な発展に寄与する取り組みを推進することが求められる。

  7. 柔軟な空間設計:静かな読書スペースと、グループ学習や交流ができる賑やかな空間を適切に配置するなど、多様な利用形態に対応できる柔軟な空間設計が必要である。

  8. データ活用の促進:利用者の行動データや貸出傾向などを分析し、サービス改善や蔵書構成の最適化に活用することが重要である。

  9. 地域の記憶の保存と活用:地域の歴史資料や文化財のデジタル化・アーカイブ化を進め、地域の記憶を保存し、次世代に伝えていく役割を担うことが求められる。

これらの研究知見を踏まえると、図書館は単なる知識の保管庫から、地域の知的活動と文化的発展を支える重要な社会インフラへと進化していくことが期待される。東京都や滋賀県の事例が示すように、地域の特性を活かしつつ、時代のニーズに応じたサービスを提供することで、図書館は今後も社会に不可欠な存在であり続けるだろう。

✴︎謝辞
この記事を書くきっかけをくださった、DJムッチーさんありがとうございました。

✴︎おすすめ本
◆『つながる図書館: コミュニティの核をめざす試み』猪谷千香

「図書館≒本を借りる・貸す場所」ではなく、地域のコミニティー拠点としての機能や役割から図書館を紐解く。図書館の在り方や図書館の可能性について学びたい方におすすめ。


◆『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告』菅谷明子

本書は2003年に執筆されているが、2024年でも色褪せないニューヨーク公共図書館の先進的な取り組みについて書かれている。図書館サービスについて海外の取り組みを参考にしたい方におすすめ。

✴︎編集後記
滋賀県は司書資格保有率が全国1位らしい。保有率というのが司書業務をする人のうち、保有率が高いということなのだろうか。それはさておき、司書の質と学力に相関があるとするならば、滋賀県は司書の絶対数が少ないか、あるいは司書を評価する指標が「貸し出し冊数の多さ」のようなものになってしまっているのではないかという懸念を抱いた。今後は、司書の業務や評価基準、昇進にまつわる知見を調べてみるのもありだろう。

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