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#7. 「今、この瞬間」の体験があなたを輝かせる 〜一所懸命のサイエンス〜

葛飾北斎の富嶽三十六景に「神奈川沖浪裏」という波の絵がありますね。止まることのない波のうねりを、まるで静止画を見たかのように鮮明かつ大胆な構図で表現しています。こんなふうに一瞬一瞬を観察する力をフル活用すれば、あなたらしい人生が送れるかも、というお話です。

「今、この瞬間」に集中するのは、至難の技?

「歩行中や電車の乗車中に、ついスマホに夢中になる」「目の前にやらなくてはいけないことがあるのに、他のことに気が散る」という経験はありませんか? 

人間は、脳を発達させて言語を獲得した結果、言葉を発しなくても、アタマの中で独り言のように、いつでもどこでも考えごとができるようになりました。この結果、「そういえば!」と、ふと思い立って、楽しい想像をはじめたり、いつもの悩みごとをはじめたり。そう、カラダは現在にあっても、ココロやアタマは未来や過去を自由に行き来しているのです(詳細は、バックナンバー#4「シマウマと人間の違い」)。

このココロやアタマの働きって便利ですよね。でも、この便利な機能ばかり使っていると、「今、この瞬間」に全力で意識を向ける時間って、意外と少なくなっていませんか? 

ひとかき、ひとかきの泥

スーパーボランティアの尾畠春夫さん(80)が、豪雨災害を受けた大分県日田市で、旅館の中に入った泥をショベルでかき出しながら、こんなふうにおしゃっていました。

「ひとかき泥を運び出せば、ひとかき分だけ家がきれいになる。」「自分で泥をかいて​『きれいになった』と言うのは言葉に重みがあるけれど、何にもやらんでから言葉だけだったら全然言葉に重みがない。」「言葉はいらんのですよ。」(朝日新聞デジタル)

目の前の泥を相手に、ショベルで黙々とかき出す。こんな尾畠さんが輝いて見えるのは、「今、この瞬間」に100%意識を向けているからではないかなあと。

そこに言葉はいらず、行動あるのみ。「少しでも被災者の方のお役に立てれば」と言う価値に突き動かされて行動している姿に、つい引き込まれてしまう方も多いのではないかと思います。

「マインドフルネス」と言われなくても、日本人は実践している

「今、この瞬間」の体験に、五感を使って意識を向けるのを、欧米発祥の「マインドフルネス」という言葉で、少し前に流行していましたよね。ヨガポーズをする外国人の絵や、「マインドフルネス」というタイトルのトレーニングや啓発本、よく目にしませんか? 

アタマやココロの便利機能を使って、過去と未来をつなげ、現在の問題分析をして課題設定をするのを、Doing mode (行動するモード)といいます。一方、マインドフルネスは、この便利機能をオフにして、「今・この瞬間」の体験から気づきを得るBeing mode(あるがままのモード)です。

このBeing modeを取り入れると、いつもとらわれている「お決まりの私の思考パターン」から一旦離れて、客観的に自分の思考や感情を観察できる。そうすると、現在や未来の行動の選択肢を広げられるというものです(Harris, 2008)。ヒーリング効果を見込むものではありませんが、一種のストレス対処法のようにして、広まっています。

日本には、マインドフルネスと言われなくても、すでに文化や習慣の中に自然と溶け込んでいますよね。例えば、座禅や、書道・茶道・弓道・剣道などの「道」とつくようなものは、禅の思想に基づいて「今、この瞬間」に集中する力を養います。「孤独のグルメ」というテレビ東京の番組も、主人公の男性が、ココロの中で、食べ物の味や食感についてつぶやきながら、満腹感や満足感を味わっています。

欧米の人たちは、これらを「動作の伴うアクティブ・マインドフルネス」とか「マインドフルな食事 (Mindful Eating)」といって、彼らなりにアタマで理解しようとします。

あなたのマインドフルネスってなんでしょう? 忙しい方には、自分の呼吸に意識を向けるのをお勧めします。電車の中、入浴中、寝る前、どこでもできますよね。呼吸が自分のカラダの中に入ったりでたり、お腹や胸の凹凸に1分間注意を向けるだけでも、何かいつもと違う体験や気づきが得られるかもしれません。

「今、この瞬間」に集中しようとしても、アタマに別のことがよぎり、すぐに思考が持っていかれることにも気づくでしょう。いつものように、Doing modeを使おうとしたがるのです。

「今、この瞬間」を体験することは、よく生きること

「今、この瞬間」に全力を注ぐことは、私たちを引きつける何かの魅力があるようです。この姿を「一生懸命」と言いますよね。

皆さんも、どこかで、「一生懸命」は「一所懸命」が語源だと聞いたことがあると思います。昔の武士は、与えられた一ヶ所の領地を命がけで守って日々の生活を送っていたことに由来するようです(NHK 文化研究所)。

「命をかける」というと仰々しいですが、「人生が毎日の積み重ねで、毎日は一瞬一瞬の積み重ね」と考えれば、あなたのココロとカラダを使って「今、この瞬間」の体験にもっと意識を向けると、自然とあなたらしく、生き生きとした人生が送れるかもしれません。

PS. 記事に関連する個人的なエピソード、ご意見・ご感想をお待ちしています。

--本記事のイラストは、freepikよりライセンスを取得済みのものです--

Harris, R. (2008). The happiness trap based on ACT: A revolutionary mindfulness-based program for overcoming stress, anxiety and depression. London: Robinson.

朝日新聞デジタル(2020年7月10日16時21分 記者加藤諒氏):https://www.asahi.com/articles/ASN7B56RNN7BTQIP01X.html

NH K文化研究所(「一生懸命」「一所懸命」どちらが正しい?):https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/046.html

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