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犬島 -家プロジェクト,植物園と[mt]と。素朴な島時間を愉しむ

 犬島といえば、わたしの中では謎めいた島のイメージだ。「近代化産業遺産群 33」に認定されているかつての製錬所の遺構、そして犬島精錬所美術館の、柳幸典によるアートが自分的にまだ腹落ちしていない、ということが大きいと思う。

近代化産業遺産、犬島精錬所美術館へのゲート

 本稿ではわたし自身が持つそんなイメージをさて置いて、のんびりとした犬島の島時間について綴っていきたい。

■滞在中、つかのまの「島時間」を愉しむ

 本数が限られた小型船だけがこの島の交通手段で、チャーター船を除いては何時に発着するか皆知っている。2時間しか滞在できないといった場合、美術館と近代化産業遺産を観て、カフェに入るか浜辺で海を眺めるといった過ごし方だろうか。滞在時間が短い旅人は、その急いでいる足取りでなんとなくわかる。

チケットセンターから海を臨む

 でもその日のわたしのように、10時半頃に島に入り、帰りは16時半の船となると、足取りもおのずとゆっくりになる。港で待機している、瀬戸芸のボランティア「こえび隊」の方と立ち話をして、情報をいただいたり。

 また狭い島なので、そこかしこで旅人同士が人と何度も会うことになり、「あの人はどうやら、15時半の船(で去る)らしい」といったこともわかってきたりする。そうした旅人たちは、ゆるやかに流れる島時間にだんだん同期をするようで、挨拶したり短い会話をしたりするようになる。

島の小路

■謎のマステとは mt×犬島

 まず、8月中の期間限定だったのだけど、わたしにとっての犬島のイメージを良い意味で一新する出逢いがあったので、そこから。

 港で立ち話した「こえび隊」の方に、今日は時間がすごくあるという旨を伝えると、キャンプ場の方までぐるっと行くのもいいよ、と教えてくれた。そして、「マスキングテープのために来たわけじゃなさそうだね、マスキングテープ、知ってる?」と。

 はい? マスキングテープ、略してマステといえば、近年、インテリアや文具好きの女子御用達の、あれのこと・・・と頭を巡らせれば、背後にふしぎなものがあった。

マスキングテープが巻かれたポールが、港に延々と

 「これは、マスキングテープですね」「そうそう、その先に店があるから」。店? 「すごい人気らしいよ。わざわざこのために島に来る人が大勢いるんだから」

案内所もラッピングされていた

 シュールな会話をしながら「ともかく、行ってみます」と先に進んでみた。要は、このマステのアート?を追っていけばいいのだろう。

 ほどなく、「mt」の看板とともに、その店が現れた。

民家の中に、そのショップは現れた
気になるエントランス
重厚な扉がすでにアート

 「こんにちは。ここはお店と聞いたのですが」と声をかけながら入ると、目の前にはこんな世界が広がっていた。

「アート作品には、マステを使い終わったあとの、芯の部分を使っています」とのこと

 ショップでの会話と調べた情報と合わせると、mtとは倉敷で、もともと蠅取り紙を作っていた企業による、マスキングテープのブランド。今回は瀬戸芸とのコラボで、期間限定で、アート作品とショップを展開していた。

mt×犬島
瀬戸内国際芸術祭の舞台「犬島」で、趣ある白い外観の空き家をmtでポップ&カラフルに彩り、インスタレーションやmtショップを展開。
7月20日~8月31日 ※終了しました

せとうちのアート満喫 より
商品数も豊富だった
もちろんお買い物。その後「mtを観に来たんですね」と何度か声を掛けられることに

 一つ、大きな気づきだなあと思ったのは、わたしはいつも高松港から来ているので、犬島というのはとてつもなく遠く、そこに近代化産業遺産のイメージも手伝って、どこか謎めいた遠くの島、のイメージを増幅させていた。

 でも岡山方面から来る人にとっては、宝伝港経由ならごく近いのだ。船の本数が限られるのと、宝伝までの交通手段を考えると、わたしのように車の運転ができない旅人にとっては使いづらいルートなのだけど、そこがクリアできる地元の方なら、容易に来られる場所なのだろう。

 ちょっと観方を変えると、見え方も変わってくるものだな、ということを学んだ。かわいい犬島というのは、わたしにとっては新鮮だ。

■無人のキャンプ場から、跳ねる魚を観る

 その後、まずは遠くまで行こうと思い、キャンプ場をめざした。方向感覚にはまったく自信がないのだが、近代化産業遺産で少し言葉を交わした年配の男性がちょうど向こうから歩いてきたので「この先ってキャンプ場ですか?」と聞くと、「そう。なんもないけどね。あとは、犬島から採石していた頃の採石場跡地みたいなのがあった」とのこと。

犬島キャンプ場 入口

 キャンプ場は無人。海を臨んで座れるベンチがあったので、そこでしばらく佇む。そして「跳ねる魚」を何度も見た。

港からは少し遠いけれど、だれもいないこの空間は贅沢だった

 その跳ねる魚たちは、目視で30㎝ほどの「普通の魚」で、飛び魚などではない。勢いよく水面から1mくらいはジャンプして、また波の下に消えていく。たぶん、見たのは初めてだ。

 後ほど港に戻った際に、さきほどのボランティアさんにmtの御礼を伝えがてら「魚って飛び跳ねるんですか」と聞いたら、特に珍しいことでもないと言われて驚いた。「温暖化で海水の温度が上がっているから、とかではなく?」と言うと、笑われてしまった。

採石場跡地? 危険防止のためか、フェンスで遮られていた

■「ここみ住みたい」の理想形 -犬島 くらしの植物園

 犬島 くらしの植物園 は、この島に住んでみたい、と願う人にとって、理想郷のような場所だなといつも思う。

植物園入口

犬島 くらしの植物園
 長く使われていなかったガラスハウスを中心とした約4,500㎡の土地を再生し、犬島の風土や文化に根ざした植物園として展開。完成された場としての見学型の植物園ではなく、島の方々や来訪者とともに土地を開墾していきながら、自然のサイクルに身を置き、食べ物からエネルギーに至るまで、自給自足しながら自然とともにくらす歓びを体験できる場づくりをしていきます。(中略)
アーティスト妹島和世+明るい部屋
 2010 年から公開されている犬島「家プロジェクト」に携わってきた建築家・妹島和世と、犬島「家プロジェクト」(S 邸・A邸・I 邸)の植栽を手がけた「明るい部屋」の新たな取り組みとして、この「犬島 くらしの植物園」は誕生しました。「明るい部屋」は、自身も移住して犬島に身を置きながら、さまざまな人との関わり合いの中で植物園をつくりあげています。島の方々や各地から訪れた多くの人の手を通じて、長い時間をかけてひとつの環境を作り、島と来訪者の新たな関係性を生み出す場の創出を進めていく計画です。

ベネッセアートサイト直島 より
ガラスハウス
ガラスハウスの中には、プロジェクト参加を呼び掛けるカードと、募金箱

 近くに民家もあるなかで、この植物園が唐突な感じがしないのは、島との共生について、考え抜かれて作られ、運営されているからなのだろう。

放し飼いされている鶏たち

■家プロジェクトで迷路のような小路を巡る

 「家プロジェクト」で集落を巡りながら、港の方へと戻ることにした。

犬島「家プロジェクト」
犬島の集落に「日常の中の美しい風景や作品の向こうに広がる身近な自然を感じられるように」との願いを込め、2010年、企画展示を目的としたギャラリーを開館しました。

ベネッセアートサイト直島 より

■F邸 -増殖する雲

 もくもくとした雲状の物体が島の民家で発生して、家を満たして島全体に広がっていくような。静止しているのに躍動感がある不思議さがある。

 F邸
動物や植物を想起させる様々な形のオブジェや多様な物質の表面からなる彫刻など、複数の作品を「F邸」とその坪庭を含む建物全体の空間にダイナミックに展示しています。犬島という場を背景に、新しい生のかたちを表現しています。

同上
名和晃平「Biota (Fauna/Flora)」

 庭には、秘密の生態系のような、これも不思議な世界が広がる。

■S邸 -レンズを通して見える島の風景

 レンズの凹凸を通してみると、民家の様子も違って見える。子どものときの小さな気づきに戻れるような、美しい作品。

荒神明香 「コンタクトレンズ」

S邸
透明アクリルの壁が連なる「S邸」に設置された本作品は、大きさや焦点が異なる無数の円形レンズを通して周りの景色の形や大きさが歪んで映し出され、見る人に目に見える世界の多様性を促しています。

■A邸 -島とコミュニティの生命力

 ぐるっと周囲を一周しても、中には入れない。でも楽し気な雰囲気が伝わってくる。旅人の視点のようなものを感じて、興味深かった。

ベアトリス・ミリャーゼス 「Yellow Flower Dream」

A邸
作家は「A邸」の建築について受けた、「周囲のコミュニティや自然が融合された彫刻である」という印象を基点に、犬島の自然のなかに見られる幾何形体や人びとの暮らしの生命感をエネルギーあふれる色を用いて仮想風景として表現。新たなリズムを生み出すとともに、見る人の想像力を掻き立てます。

同上

■I邸 -合わせ鏡の中の自分

 このアートは、果たして理解できたかわからないのだけど。わからない、わからない、と思い、「わからないですよね」とたまたま周囲にいた人に同意を求めながら、合わせ鏡の中の自分を愉しんだ。

I邸
「I邸」の空間に、向かい合う3つの鏡を配置した本作品は、2方向に開かれた窓からの風景を結びつけています。作品中央のある一点において、鑑賞者は無限のトンネルのただ中にいる自分を見つけます。タイムトンネルのような同心円の中に立つ鑑賞者は、無限の空間とつながるスポットにより、新しい感覚の旅に誘われます。

同上
オラファー・エリアソン 「Self-loop」
撮影しようとすると、結局自分を撮ることになる

■石職人の家跡

 まさに何かの跡地、発掘現場という空間が突如として出現する、意外性が興味深かった。ちょうど、その前の家の主らしい年配の女性が、旅人の若者グループに向かって、島の昔話をしていた。若者たちの合いの手がとても聞き上手な感じで、よい雰囲気だった。

石職人の家跡
素材や場所そのものに蓄積された記憶に反応するように、描かれた動植物などの生命力あふれるモチーフが犬島の土地に根差し、さらには敷地を飛び出して集落内の路地にも展開していきます。

同上
淺井裕介 「太古の声を聴くように、昨日の声を聴く」

■中の谷東屋

 散策の間、この東屋では何度も休憩した。作りが美しいだけでなく、音が可愛らしい音として増殖され、空間に響き渡る。だれもいないとき、童心にかえってわざと何度も音を出した。

中の谷東屋
芸術祭に訪れる多くの人に親しまれてきた、アートと島巡りの休憩所。鏡面仕上げの屋根には空や周囲の風景が映り込む。座ったときに声や音が響くのも楽しい。

瀬戸内国際芸術祭2022 より
「中の谷東屋」妹島和世

■犬島で買いたかったもの

 ところで、犬島に来るからには買っておきたいものがあった。この小さなスケッチブックだ。

初代スケッチブックにはいい感じに年季が入ってきた(左端)

 スマホバッグにすっと入り、外出先などでメモするのにとても便利。いつも携帯しているが、小さな文字や図をぎっしり書き込むのが常なので、1冊使い切るのに時間がかかりそうだ。だからとりあえず3冊。うち1冊は友達への土産に。

■時間があると、見える世界も変わってくる

 4回目の犬島。初めてたっぷりと時間をとって巡ってみて、やっぱり「ゆっくり周る」ことの大切さを改めて思った。

 初めての場所だと、あれもこれもと欲張りすぎて疲れてしまい、2度目、3度目だと「それはもう知っている」と、侮ってしまいがちだ。でも、暇なくらい時間がある、となると、スピードが違ってきて、そのスローなペースが、見落としていたものを観させてくれるのだなと。

港で小型船を待ちながら

 そして、その余裕みないたものが醸し出されてくると、まわりも、わたしに話しかけやすくなるのだろう。この島では(一度入ったからには、船に乗らないと出られないという環境はあるにしろ)、一人旅なのに、なんだかたくさん話した気がする。

よく歩いて、ボロボロ感が出てきた靴越しに海を眺める

 小豆島への最終便がやって来た。それでは。また来ます。

16:30犬島→16:55小豆島着 の小型船


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