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私小説 [朝寝とんかつ]

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#短編小説

一日に三回は訪れるダイナソーとの死闘[私小説/短編]

一日に三回は訪れるダイナソーとの死闘[私小説/短編]

 百獣の王である獅子でさえ、雄大に歩みを進める象には道を開ける。弱肉強食の生物界において、強大なる体躯というものは、最もわかりやすく最も優れた武器と言える。
 その恐竜もまた強大な存在である。しかし、その体長を測ることは叶わない。その恐竜が実体を持たないからだ。その名はダイナソー。ダイナソーが強大であり恐るべき存在であることは、実に明白である。それは、ダイナソーと対峙した者がこう口にしたからだ。「

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おしゃべり散歩道―復路/後編[私小説/短編]

おしゃべり散歩道―復路/後編[私小説/短編]

◀︎◀︎ 前編■■■

 昼前十一時。陽が高く昇り始める。春にして、朝から初夏のようだった陽気は、一層夏へと近づいた。砂場の端にはスコップやバケツなどが砂まみれのまま置かれている。子供の笑い声を少しばかり遠くから聞くそれらは、どことなく切ない空気を纏っていた。
「そろそろ帰ろうかぁ」
私はそんなスコップたちを手に取りながら、娘に向かって声をかける。
「やーだぁ」
カバの遊具の背中から顔を出している

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おしゃべり散歩道―往路/前編[私小説/短編]

おしゃべり散歩道―往路/前編[私小説/短編]

 「お花しゃん、赤ちゃんでしゅか?」
 娘が住宅街の家の花壇に咲く花に話しかけている。
「お花しゃん、お花しゃん、赤ちゃんでしゅか?」
返事が欲しいようだ。
「おーい、お花しゃーん」
何度も話しかけている。仕方ないので私が声をかける。
「お花さん、喋れないのかな?」
花に声帯はないものなぁ。
「お花しゃーん、喋れないんでしゅかー?」
キリがない。
「お花しゃーん、お返事してくだしゃーい」
終わらな

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眠るな乳児、眠れよ幼児―精密聴力検査の受難―[私小説/短編]

眠るな乳児、眠れよ幼児―精密聴力検査の受難―[私小説/短編]

 乳児は眠る。日に何度も眠る。眠ることが彼らの成長の一助となるのだ。ここにもまた、強い睡魔に襲われし男児がいた。そしてその子を寝かせるまいと必死に挑み続ける母親の目は、既に死んだ魚のそれのように暗く澱んでいた――。

 時は令和、新時代の幕が開けた頃。季節は梅雨、その晴れ間。一人の男児が元気な産声を上げた。髪は少なく、顔はマイルドなゴリラのような顔をしていた新生児であった。私の息子である。生まれた

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平日朝、中央線通勤特快と便意と新宿駅と私[私小説/短編]

平日朝、中央線通勤特快と便意と新宿駅と私[私小説/短編]

 私は悟った。私に足りないものはきっと感謝であると。これからは感謝を欠かさず生きよう。この世の全ての人に感謝を、そしてそれを気づかせてくれた私の消化器官に感謝を――。

 狭いワンルームに置かれたシングルベッドの上、あまりの暑苦しさに私は目覚めた。時計を見ると時刻は六時五十五分であった。六時……五十五分?私は知っていた。会社に遅刻せずに済むには、立川駅を七時十九分に発つ通勤特快電車に乗るのが最終手

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自死した恋人を振り返って[私小説/短編]

自死した恋人を振り返って[私小説/短編]

(※大半を無料で読めます。知人にnoteのサービスを紹介するにあたり、私が病んでいる部分を読まれてしまうと恥ずかしいので、後半部分だけを有料化しました。)

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 彼は虐待されていた。暴力による支配を受けていた。それは彼が物心つく前から起こっていたことで、彼にとっては当たり前だった。彼の家庭での記憶のほとんどは、暴力を振るわれている記憶ばかりだった。その暴力に対して彼が思うことは、ただひたす

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