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早く仕事ができる人間になりたい

僕は大学を卒業してからの約一年半の間、地元の新潟にあるデザイン事務所で仕事をしていた。

まだ立ち上げて間もない会社で、僕が初めての従業員だった。

もうこの一行だけで地雷臭漂う超絶ブラック企業なんじゃないかと思われると思いますが、みなさんのご想像通りです。

毎日ボスと二人っきりの狭い部屋でPCモニターと一日中にらめっこしていた。

始業時間はあるが、就業時間はない。もちろん残業代、福利厚生なし。ボーナスってなんだ。新種の茄子か?

こんな感じの会社だったが特に不満はなかった。

そりゃあ残業代はあったらいいし、ボーナスだって欲しい。

だけどそれ以上にデザインを仕事にできてお金を貰えているということが何よりも嬉しかった。

業務内容は多岐にわたり、チラシ、ショップカード、ロゴといったグラフィック分野の仕事からゴルフクラブ、タイヤ、特殊車両といった工業デザインを行う会社だった。他にも店舗設計、WEBデザインも行っていた。

こんな書き方をしてしまうとなんでもやる会社なんだなと思われる方もいると思います。そうです。僕が知る限り依頼があればなんでもやる会社です。けれども、独立して事務所構えて、従業員を雇ってというのはこういうことなんだなと思う。仕事を選んでなんかいられない。依頼があればありがたく受ける。これくらいハングリーに雑食でもいいから食らいついていかないと生き残れない。こんな簡単なことが当時の僕には分らなかった。

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この会社では本当にいろいろな経験をさせてもらった。仕事も毎回初めてのことで常に新鮮な気持ちで取り組むことができた。

だが、同時にそれは僕を苦しめた。

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僕は仕事ができる方ではない。できない方の人間だ。要領が悪い。加えてこの頃は右も左も分からない状態だったので、時間は掛かるわリテイクは連発するわでよく一年半も雇い続けてくれたなと思う。

仕事は常に新鮮な気持ちで取り組めたと書いたが、つまり別ジャンルの仕事ということだ。別ジャンルの仕事ということはこれまでに培った技術を活かせないということだ。

消化不良だった。

学んだことを活かせない。

新しい仕事が始まる度にレベル1の初期装備に戻るようだった。

ストレス。

SNSを開けば都内のデザイン制作会社に就職した友達の成長していく姿が日々更新されていく。

正直焦った。

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勤め始めてから一年が経とうとしていた頃、僕は自分を見失っていた。

「あれ、これがしたいことだったんだっけ。」

もはや自分が何のために誰のためにデザインしているのかも分からなくなっていた。

学生の頃は自分の作りたいものを納得のいくまでいくらでも時間をかけることができた。

しかし、仕事となるとそうはいかない。

単価が決まっていて、必然的にかけられる時間も決まってくる。もちろん納期だってある。

美味しくもないお菓子のパッケージを美味しそうに売れるようにデザインしないといけないかもしれない。

自分では絶対に行かないお店のチラシを誰もが行ってみたくなるようにデザインしないといけないかもしれない。

考えただけで嫌になる。

自分は性格的にデザイナーには向いてないなと思った。

2017年8月、僕は最後の仕事を終わらせて退職した。

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この頃の僕はただの生意気なクソガキだったと思う。(今もそうかもしれないが)

辞める前の事務所の空気もあまり気持ちのいいものではなかった。

だけど辞めてから約二年が経ち今だからこそ分かることもある。

大学を卒業して、もしこの事務所に拾われていなかったら今の自分はないと思うし、潰れて腐っていたと思う。

その上いろいろな経験をさせてもらい、本当に感謝している。

辞めてからはまだ事務所に顔を出せていない。いつの日か挨拶に行けるように早く一人前の仕事ができる人間になりたい。



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デザイナーから家具職人へ。注文家具屋勤務。頭の中を少しずつ文章にしていこうと思います。考えていることいろいろと。京都市在住。
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