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#ゲーム
雑観・Ghost of Tsushima
海外作品の中に描かれる日本の描写のちぐはぐさ。と言えば、思い当たる映像を浮かべる方もおられよう。深い憧憬と些細な行き違いが産んでしまった差異を、ある人は笑いある人は楽しんでいるだろう。
文永11年。対馬国に元朝の大船団が襲来する。迎え撃つ武士団は僅か八十。しかし地頭の志村をはじめ、誰一人引く気はなかった。
志村の甥、境井仁もまた、果敢に首領の首を狙うが、強力な火器攻撃に倒れ、志村は囚われの
雑感・DEATH STRANDING システム編
アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、人間は自己実現に向かって絶えず成長すると仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化した。
⒈生理的欲求……食事や睡眠、排泄などの生命活動に関わる欲求。
⒉安全の欲求……病気、事故、精神衛生、経済的欠乏などの忌避。
⒊社会的欲求 ……社会または他者に受け入れられ、必要とされたいという欲求。
⒋承認(尊重)の欲求……その集団から認められ、尊重されることへの欲
雑感・フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと
幕末の歌人、橘曙覧(たちばなあけみ)は、日々の暮らしの中の素朴な楽しみを歌った連作短歌『独楽吟』を残している。
いくつか拝借しよう。
たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時
たのしみは 家内五人 五たりが 風だにひかで ありあへる時
たのしみは 三人の児ども すくすくと 大きくなれる 姿みる時
説明はいるまい。
人が生まれ育つ基にあり、やがて多くの人が
雑感・THE LAST OF US
続編発表を記念し、前作の雑感を再掲します。
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手段と目的を違えてはならない。
手段に思想は全くと言っていいほど存在せず、目的にこそそれは大きく影響する。刃物は手段であり、それで何を切るかが目的である。(私が昨今の規制論調に対し違和感を抱く原因はここなのだが、その話は他所に譲るとしよう)
このゲームもそうだ。いわゆる「感染者」を倒して
雑感・Detroit: Become Human システム編
例えば桃太郎。洗濯をしているおばあさんが、流れてきた桃を取り損ねてしまったら?例えば赤ずきん。おばあさんに変装したオオカミのもとへ、猟師が先にやってきたら?例えばさるかに合戦。とどめの臼がタイミングを誤り、猿を直撃し損ねたら?
物語とは作者の意図したものをなぞるだけのもの、という先入観が、我々にはあるのかもしれない。それらの箍を外し、自由に物語が紡げたら……。
本作はまさにそれを叶えてい
雑感・DETROIT:BECOME HUMAN ストーリー・ビジュアル編
1950年に英国の数学者アラン・チューリングが提唱した、AIと人間の判定法としてもっとも有名なチューリングテストの話から始めるか。1920年にチェコの作家カレル・チャペックが作り、はじめてロボットという言葉を生み、その痛烈な副作用を描いた戯曲『R.U.R.』から書き出そうか。遡って1886年に、フランスの作家ヴィリエ・ド・リラダンが発表し、アンドロイドという言葉をもたらしたSF小説『未来のイヴ』
もっとみる雑感・FIREWATCH
飯野賢治という方をご記憶だろうか。
『Dの食卓』『エネミーゼロ』などでゲームファンの記憶に鮮烈に刻まれ、42歳で早世したクリエイターである。
氏の作品の中で、私が特に記憶しているのが『リアルサウンド〜風のリグレット〜』だ。ゲームを起動してから映像が一枚も表示されず、真っ暗なままで進行する驚くべきシステム。物語は音のみで展開され、選択肢も音声という徹底ぶりだった。
私はこのタイトルをクリアした
雑感・シャーロックホームズ 悪魔の娘
マルチエンディングというゲームのスタイルは、決して珍しいものではない。古今様々なゲームに採用され、多くのゲーマーの達成欲を満たし、ゲームの寿命を伸ばしてきた。
そのほとんどは、いわゆる真のエンディングと言われるものが存在し、バッドエンドや他の解釈などが枝別れして存在するスタイルだった。
本作も、言うなればマルチエンディングに分類できるかもしれない。だが従来のそれと決定的に違う点がある。真のエン
雑感・Watch Dogs 2
コンピュータを習い始める頃、多くの人がこんなことを聞かされる。コンピュータとはつまり、膨大な数のスイッチの塊である、と。
多くの初心者が無意識に抱いているコンピュータへの畏怖のようなものを、ほんのすこし緩和してくれる文句ではある。が、その裏にある「多くのシステムが同じ形のスイッチで管理されていること」の副作用を連想できる人は皆無ではないだろうか。
手元のPCで鉄道を動かすことができないという