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雑感・DEATH STRANDING システム編


 アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、人間は自己実現に向かって絶えず成長すると仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化した。

⒈生理的欲求……食事や睡眠、排泄などの生命活動に関わる欲求。
⒉安全の欲求……病気、事故、精神衛生、経済的欠乏などの忌避。
⒊社会的欲求 ……社会または他者に受け入れられ、必要とされたいという欲求。
⒋承認(尊重)の欲求……その集団から認められ、尊重されることへの欲求。
⒌自己実現の欲求 ……自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。

「衣食足りて礼節を知る」というが、人の欲求は生命の維持という大前提から始まり、段階的に満たされ、さらなる欲求へと進んでいくという。
 マズローは晩年、この先に6番目の欲求として、他者やコミュニティへの奉仕を望む「自己超越」を予見したが、近年別の第6欲求が現れたらしい。実現した自己を誰かに認めてもらいたいという、自己実現の承認欲求。いわゆる「いいね欲求」である。
 SNSの登場と普及により、個の情報が世界に伝わるようになり、拡散や評価が個人にもたらされるようになると、実現したことを誰かに認められ、称賛を得たいという欲求が顕在化していった。中には目立つことにのみ邁進し、規範や規則を逸脱する者も少なくない。
 現代になって起こった現象かといえば、ヤハウェの称賛を自分だけ得られなかったことに対する嫉妬から、弟アベルを手にかけたカインの話を引き合いに出せば、古くから人が内包してきたものと言えなくもない。何にせよ見返りを求めない仕事は尊かろうが、褒められれば誰も悪い気はするまい。
 それは暴走を生みもするが、こうして良質な体験を演出することもできるのだ。

 本作はアクションゲームである。といえば、すでに体験された読者は違和感を覚えよう。一般的にアクションゲームという語から発せられるドタバタした匂いを、本作は一切纏っていない。このゲームの主題は敵を倒すことでも、何かを破壊することでもない。荷物を送り届けることなのだ。
 バイクをかっ飛ばして30分以内にピザを届ければいいという話ではない(そういうミッションもあるが)。舞台は、荒廃しあらゆるインフラが絶えたアメリカ。点在するシェルターやシティに物資を送りつつ、皮肉にもそんな世界の副産物として生まれた夢の技術『カイラル通信』を繋ぎ、孤立したアメリカを繋ぎ直すのだ。
 言ってしまえば、ゲームの主題はそれだけである。戦闘の要素もなくはないが、それ自体は副次的なものである。断言しよう、運んで繋ぐ。本作はそういうゲームだ。

 無論一筋縄ではいかない。最初に使えるのは、己の二本の脚のみ。時には岩山を登り、川を踏み越えていくこともある。進めていくうちに交通手段を手にするが、もちろん有限である。
 車両はあるが、舗装された道はない。道は荒れ、草木さえまばらで、人とすれ違うこともない世界。雨に降られ、未知の敵に苛まれ、果てのない旅を続けるうちに、あなたを襲うものがある。寂寥感だ。コネクションオーバーな現代を生きるあなたには、一際強く感じられるだろう。
 そんな中で、時折目を引いてしまうものがある。何の変哲もない梯子やロープだ。自分が置いたものではない。そこを通った誰かの置き土産だ。そんな人工物が、そこに誰かがいることを感じさせ、また誰かが通った跡であることを知らせる。
 行き先になるような場所は限られている。その先に目的地があることは、ほぼ疑いない。それを登ると、確かに目的地が近くなる。
 そしてここが本作の要。そうして置かれた移動アイテムに「いいね」が送れるのだ。
 それだけである。この「いいね」は通貨でもスコアでもない。ランキングボードのようなものは(おそらく)ないし、あげてもあげなくてもいい。だがこの「いいね」は、確実にこのゲームの中核にあるのだ。

 例えば、同じ川の近い場所に2つ橋が設置されていたとする。片方は1万いいねされているのに、もう片方は100にも届かない。どういうことかと思いつつ、1万のほうを渡っていくと、道の先は崖で隔てられ、100の橋の先は行き止まりになっていた。なるほど、これでは「いいね」などもらえまい。
 といったように、その橋や梯子にどれだけの人が助けられたかが、およそ透けて見えるわけだ。集まった「いいね」は、無論設置した本人にも伝えられ、数値が加算されていく。第6欲求がみるみる満たされる仕様だ。
「いいね」は作中の様々な場所で獲得できる。荷物の輸送はもちろん、橋や梯子、発電機の設置。他のプレイヤーに危険や所在を知らせる看板なども、いいねの対象になる。
 そのせいか、ただ人通りの多いだけの道に、触れるだけで「いいね」がもらえる看板をやたら立ててるものも見受けられるが、それもまた本作の特色だろう。

 ゲーム自体は極めてシンプルでありながら、進めるたびに持てる荷物の重さが増えたり、車両が持てるようになる要素や、進行ルートそのものを自分で決めたり、他のプレイヤーが通ることで野原に道ができたりする自在性が、えも言われぬ広がりを感じさせ、積み重なる「いいね」の数が、仕事に対する手応えを与えてくれる。
 小島作品にしては意外なデザインだと思っていたらさにあらず。彼らしさはシナリオとその背景にたっぷりと染み込んでいたのだが、それはまた別の話。


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