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「居場所」のない男、「時間」がない女

ジェンダーレスという言葉が世間に広まって久しい。性別による差別をしないという考えに賛成する人は多いと思うが、実際のところ日常生活のさまざまな場面で男女間の考えのすれ違いが大きいのは変わっていないように思う。

著者は男女それぞれが社会の中でおかれている「貧困」や「孤独」に注目し、その深くて暗い溝をどう埋めてともに幸福になっていけばいいのかを提唱している。
実体験をもとに、各々がどうしてこの考えに至るのかを深掘りするとそこには当たり前すぎて気づいていなかった問題があることを読み進める中で知った。

まずは男性について。
章の冒頭にある電車で聞いたご婦人たちの会話は筆者と同じように自分も目が覚めるほど衝撃的だった。

「もう、主人が退職して、一日中家にいられたら……なんて、考えただけでもぞっとするわ!うちのも、早く死んでくれないかしら?」
(中略)
夫を気にしつつ邪魔に思う言葉には、今まで何度となく出会ってきた。

これは夫婦という私的関係だけでなく、世間でも洗濯洗剤のCMで男性物が嫌がれる場面があったりとよくある光景だそうだ。今はそういったCMもあまり見ないが、性的差別というといまだに女性を思い浮かべてしまいやすいのは男性に向けての差別だよなと申し訳ない気持ちになった。

分析によると、男性は仕事にばかり行っていて地域社会に居場所がないという。これは批判ではなく、「男は外で働き女は家事をする」という潜在意識がずーっと変わっていないから、男性は仕事を頑張って家族を支えなきゃとか仕事ができる=かっこいい男ということに囚われて苦しんでいるしそれを望まれてしまっているのだ。だからいざ定年になって地域で生活していても、どこに行っても友人はいないしウロウロしてると不審に思われてしまう。孤独で不憫である。

それに男性は仕事仲間に弱音を吐きにくいので妻や家族に精神的ケアをしてもらう傾向が強く、妻が他のことで忙しい時にケアを求めてしまうので相手は不機嫌になりすれ違いが起こる、というお互いに悲しい状況になるのだ。


対して現代の女性は、家事・育児・仕事のトリプルワークに追われていつも忙しく時間がない。女性の社会進出が一般的になり女性も仕事してて当たり前という意識があるため、子供がいても非正規で働く人がほとんどだろう。しかも本当は正社員で働き続けたくても、「迷惑をかけたくない」と妊娠出産を機に仕事を辞めたり非正規雇用にならざるを得ない場合が非常に多い。
さらに子供連れで外に出れば「子供の声がうるさい」「ベビーカーが邪魔だ」など非難され後ろめたい気持ちになってしまう。

仕事も育児も諦めや我慢が常で、それに加えて家事はほぼ自分がやらなきゃならないとなれば忙しくて時間がないのはとても辛い。家事は労働だという認識もまだまだ薄いため家にいても「どうせ暇だろう」を思われてしまっては八方塞がりである。

個人的に、自分も30代が近づいてきて結婚や妊娠・出産をとても意識している。でも仕事は楽しいから辞めたり休みたくないし、他人に任せることも現状できないとなると、少なくとも妊娠・出産は諦めなければならないのかなと考えている。
女性が仕事を頑張る姿をよしとしない男性も多いと感じる経験もした。家事や育児を怠けるつもりはないが、全てを望むのは贅沢なのだろうか。


この本のまとめとして筆者は、男性には既存の就労モデルから目線を変えて家庭の仕事や地域活動に参加できるような働き方をしたり、女性にはスーパーウーマンを求めず仕事がやりたいようにやれて日常生活は協力して営む形を提案している。
人事制度が優れているイケアの事例や、国として政労使が痛み分けをした働き方改革や対個人の社会保障制度を行うオランダの事例も興味深い。

だから、女性の社会進出と男性の家庭・地域社会進出をぜひとも推進することから始めてほしい。女性を企業のメンバーに加えると同時に、男性を地域社会のメンバーに加えることが必要である。このためには、旧来の「標準世帯のライフスタイル」を前提とした社会制度を見直し、全方位的な雇用環境の改善を行う必要がある。

本の中身は雇用格差や家事分担など、近年の日本でよく言われている事柄も多いのだが、それの要因をしっかりデータとともに分析し男女それぞれの立場から考えているので改めて何が問題でどう対処すればいいかが明確になっている。
政治ではいくら政策が立てられてもその効果が実感できているものは残念ながら少ない。ひとりひとりが考え意見を言い合い、男女どちらも働きやすく住みやすい社会を作っていかなければどんどん苦しくなるばかりだ。
平均賃金が低下し共働きしなければ暮らしていけない状況なのはもう受け入れるとして、その共働きをお互いが前向きに受け止め、幸福な家庭を築くやり方を会得するのが必要なのだろう。


自分が将来パートナーや家族とともに暮らすなら、性別に関係なく仕事も家庭にも参加し穏やかに過ごすこと、これだけが願いである。


出典:『「居場所」のない男、「時間」がない女』 水無田気流
   日本経済新聞出版社社

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